■チェコ史上最強の時代

大西 それと、今年はターボルの街が建設されて600周年なんですよ。ターボル在住の日本人の方にうかがうと、イベントも計画されていたそうなんですが、残念ながらコロナウィルス禍で中止ということで……。

ホリー それは残念ですね。ターボルは城塞都市ですけど、ターボルという言葉は「陣」とか「キャンプ」という意味なんです。社会主義時代のピオニア……社会主義青年同盟という組織に、わたしも子どものころ強制参加させられたんですが、赤いスカーフを着けてサマーキャンプに行ったんです。それを「ピオニア・ターボル」と言いました。キャンプファイヤーは「ターボラーク」と言います。

大西 ターボルという名前自体は、聖書から来ているようです。イエス・キリストが登った山がタボル山というところで、フス派の集会を山でやっていたので、その場をターボルと名付けたということです。ところがフス戦争でターボル軍がワゴンブルクで戦うと、その印象が強烈だったようで、次第に野営地(キャンプ)のことをターボルと呼ぶようになったそうです。外伝第2弾の『火を継ぐ者たち』で描くつもりですが、フス派の残党の傭兵が外国へ行って戦うようになると、ターボルという言葉がハンガリーやスロヴァキアにも広がっていくんですね。彼らはみんなワゴンで陣を組んで戦うので、そうしたものがすべてターボルと呼ばれるようになったと……。

1420年に建設されたターボルの街はフス派の拠点となった。第1巻より。

ホリー ヘー! それは知りませんでした。

大西 ヤン・イスクラやフニャディ・ヤーノシュ(ヨハン)が、フス派の傭兵たちを使って戦って……ターボルという言葉はトルコ語にもなっているんですよ。それほど、ヤン・ジシュカとフス派の戦術は影響力があったんですね。『火を継ぐ者たち』ではそのへんを描いてみたいんです。

注:ヤン・イスクラは15世紀ハンガリーの武将。『乙女戦争』ではカトリックの暗殺者として登場し、やがてフス派急進派に加わった。フニャディ・ヤーノシュは同時期のハンガリー貴族。皇帝ジギスムントの側近で、『乙女戦争』では主人公シャールカと一子クラーラをもうける。本編の後日談となる『外伝II 火を継ぐ者たち』では、ふたりが主要登場人物となる予定。

フニャディ・ヤーノシュ(ヨハン)は『外伝II』では主役の一人となる。
ヤン・イスクラはフス戦争後、傭兵を率いて現在のスロヴァキアへ。

ホリー わたしがチェコ大使館で働いていたときの大使がよくこうおっしゃってたんです。「わが国は歴史上、戦争を自分では起こさなかった」と。侵略されて戦争の犠牲になることが多かったですから。ただ、大使はそう言ったあとで少し間を置いて「……まあ、フス戦争は別だけどね」と(笑)。

大西 はいはい(笑)。

ホリー フス戦争のときだけは、チェコの軍隊がハンガリーやあちこちに遠征して、各国から恐れられていたんですね。十字軍が行っても撃退されるし……。

大西 チェコの歴史を通して見ても特別な時期ですね。

欧州制覇の野望を抱くヤン・ジシュカ。

■チェコ人のものづくり気質

ホリー 大西さんが描かれているように、武器や戦陣の組み方など、フス派の戦い方には先駆的なものがあったわけですね。そういえば、当時の写本に、潜水服みたいなもので水中に潜って、パイプで息をしていた兵士がいたと描かれていて驚きました。

大西 『フス派の写本』と呼ばれる文献ですね。『乙女戦争』の中にも登場してます。

ホリー そうそう、そうですよね。ダイバーみたいな格好で……日本の忍術にも通じるところがある気がします(笑)。

『フス派の写本』に描かれた潜水服(提供:大西巷一)
17話に登場するフス派の潜水服。第3巻収録。

大西 チェコの人は手先が器用みたいで、昔から手工業が盛んで、ものづくりが得意な気がしますね。

ホリー そうですね。第二次世界大戦の前から工業化しましたし。それで、国民として恥ずかしいんですけど、いまもチェコは武器輸出が盛んなんです。

大西 そういえば、チェコ製のピストルは優秀だそうですね。

ホリー 日本でもかなり年配の人がチェコと聞くと、イメージするのは機関銃なんですよ(笑)、チェコスロバキア時代の。「え、そっち?」って(笑)。

注:1926年にチェコスロバキアで生まれたブルーノZB26軽機関銃は、扱いやすさと故障の少なさで知られ、戦前の日本では「チェコ機銃」と呼ばれた。

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