■中世チェコが舞台の日本マンガ

――お忙しい中ありがとうございます。まずは、お二人の簡単な自己紹介からお願いします。

大西 大西です。ぼくはずっと歴史マンガを書いてきました。とくにヨーロッパ中世が好きでして、その中でフス戦争とヤン・ジシュカのことを知って、いつか題材にしたいと思っておりました。それを2013年に『月刊アクション』で『乙女戦争』として形にすることができました。作品自体は昨年(2019年)で完結したのですが、外伝という形で続編を描くことになり、まずは前日譚としてフス戦争が始まる前のプラハを舞台に『赤い瞳のヴィクトルカ』を完結させたところです。このあと、6月からは外伝の第2弾である後日譚『火を継ぐ者たち』がスタートの予定です。

ホリー ホリーです。わたしは東京をベースにフリーランスで大学の講師をしたり、翻訳や通訳の仕事をしたりしております。90年代前半に来日しまして、早稲田大学で歌舞伎の研究をしておりました。その後チェコ共和国大使館に7年間勤務して、チェコセンター東京の開設に携わったりしました。

――お二人は今回が初めてではないのですね。

大西 はい、以前東京でお目にかかったことはあったのですが、そのときは時間がなくて、ゆっくりお話しするのは今回が初めてです。

ホリー 『乙女戦争』を拝見しましたが、たいへん面白くて、チェコの中世を舞台にして、日本でよくこれだけのものを描かれたな……と。チェコでも、最近ヤン・ジシュカやヤン・フスを主人公にした作品が出てきてはいるんですが、歴史に忠実な描写で、『乙女戦争』のように大胆な脚色は行われていないんですね。そういう点が大西さんの作品は面白いです。フス戦争については、チェコの人は学校の歴史の授業で習うんですけど、多くの人は詳細をすぐに忘れてしまうんですね。ですから、チェコ人にとっても興味深いマンガだと思います。知り合いに大西さんの作品を紹介すると「え、面白そう」と言われます。

注:フス戦争は、プラハ、カレル大学の聖職者ヤン・フスがローマ・カトリック教会の腐敗を批判し、聖書に基づく信仰を訴えた宗教改革に始まる(マルチン・ルターのプロテスタント改革に先立つ運動)。フスは1415年火刑に処されたが、彼の支持者(フス派)が、カトリック教会や各国諸侯と対立し、国際的な軍事紛争となった。ローマ教会はフス派を異端と見なして何度も十字軍を送ったが、そのたびにヤン・ジシュカ率いるフス派軍に撃退された。火器と荷車を有効に用いたジシュカの戦術はほぼ無敵で、軍事的に優位に立ったフス派軍は一時周辺国へ侵攻するほどの勢いを誇った。戦争はジシュカの死後、1434年までにほぼ終息し、急進フス派は敗れ、ボヘミアではその後17世紀初頭までカトリックと穏健フス派が併存するようになった。『乙女戦争』本編は、1420年から1434年リパニの戦いまでを描いている。

フス戦争でボヘミアの人々は欧州各国を相手に戦った。

大西 チェコの方にそう言っていただけるのはとてもうれしいです。たぶん、いろいろ誤解したり間違ったりしている部分はあると思うのですが……(笑)。大目に見てもらって楽しんでもらえたら幸いです。

ホリー いや、そんな目立った間違いみたいなものはなかったですよ。歴史学者が見ればまた別でしょうけど。当時は本当に残酷なことが多く起きた時代で、実際に作品の描写の通りだったと思っています。外伝の『赤い瞳のヴィクトルカ』では主人公が娼婦になってしまいますが、ああいったことは、小中学校の授業では教えてくれませんから……。

注:『乙女戦争外伝I 赤い瞳のヴィクトルカ』は、本編の前日譚で、フス戦争が始まる直前のプラハの様子と、ジシュカの戦術が完成するまでを描いている。貧しい庶民の娘ヴィクトルカは両親をなくし、娼婦に身をやつすが、ひょんなことから、フス派とカトリック派の紛争に巻き込まれ、フス派の英雄にまつり上げられてしまう。全1巻で、5月12日発売。

――『赤い瞳のヴィクトルカ』巻末に大西さん作画の15世紀プラハの地図を収録したのですが、ホリーさんに監修していただきました。

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