『乙女戦争』作者対談チェコで日本の漫画が愛されるワケ(前編)の画像
『乙女戦争』作者対談チェコで日本の漫画が愛されるワケ(前編)の画像

中欧の文化国家チェコで日本のマンガが愛される理由とは?
『乙女戦争 外伝I 赤い瞳のヴィクトルカ』発売記念
大西巷一・ペトル・ホリー対談
前編:チェコの歴史と日本マンガ
「『乙女戦争』はチェコ人にとっても興味深いと思います」

 チェコ共和国の首都プラハは、欧州指折りの美しい街です。中世以来の建物が並ぶ歴史地区の中心部、ヴルタヴァ(モルダウ)川にかかるカレル橋は、いつも記念写真を撮る観光客であふれかえっています。

 日本人にも人気で、日本旅行業協会の統計では、2017年には11万4000人の日本人観光客がチェコを訪問しています。

 文化豊かなチェコにあこがれ、その歴史に関心を持つ方も多いのではないでしょうか。そんな方にうってつけのマンガ作品をご紹介します。15世紀チェコ(ボヘミア)を舞台にした、中世欧州美少女戦記『乙女戦争』です。

美しいプラハの歴史地区(撮影:佐藤景一)

夕刻のプラハ、カレル橋(撮影:佐藤景一)

 西洋史上の血みどろの事件を舞台にしたオムニバス『ダンス・マカブル』などで知られる大西巷一さんが、中世末期の宗教紛争「フス戦争」を題材に、数で劣るボヘミアの軍隊が多数で攻め寄せるドイツや各国の軍隊を知略で圧倒するという、痛快な戦記です。

 その物語の中心となるのは、チェコの国民的英雄である将軍ヤン・ジシュカ(1374-1424)です。

『乙女戦争』作中のヤン・ジシュカ。

 貧しい貴族の出身で、15世紀初頭から各地の戦場を転々としてきたジシュカは、フス戦争でフス派の軍事指導者となります。彼は欧州で初めて銃や大砲といった火器を大規模に活用し、荷車を防御として陣を敷くワゴンブルクの戦術を完成させました。そして騎士同士のぶつかり合いしかなかった中世の戦場に指揮と規律を持ち込み、文字通り欧州の戦場に革命をもたらした人物です。

荷車で防御するワゴンブルク戦術。
火器を活用して甲冑の騎士たちを撃退するフス派軍。

『乙女戦争』作中で、隻眼のジシュカは大胆不敵で、ときに不遜な人物として描かれます。周辺国が送り込む大軍を、わずかな手兵で次々撃退していく様子は痛快そのものです(戦闘の展開はほぼ史実通りというのが驚きです)。勝利のためには手段を選ばない、しかし弱さを持った人間くさい描写は、実にマンガ的で魅力的です。

 ジシュカとともに主人公を務めるのが、シャールカという年端もいかない少女です。

 家族を失い、ジシュカからピーシュチャラと呼ばれる銃を託されたシャールカは、人殺しにためらいをおぼえながらも、フス派の兵士として戦いに身を投じます。シャールカ自身は架空のキャラクターですが、フス戦争には、彼女のような少年少女や農民など庶民が多数参加したと言われており、彼女の目を通じて、ボヘミアの一般民衆がなめた辛苦が描かれます。

物語の主人公シャールカ。過酷な運命を生き抜く。
銃を手に少女は立ち上がる。

『乙女戦争』は、中世チェコという日本人にはなじみの薄い題材ながら、コミックス全12巻の累計部数が30万部以上(電子版との合計)という異例のヒットとなっています。コミック好きのみならず、歴史小説やチェコ文化に関心のある人なら誰でも楽しめるエンタテインメントと言えます。

 前置きが長くなりましたが、『乙女戦争』のスピンオフ(外伝)がスタートし、その第1弾である『赤い瞳のヴィクトルカ』のコミックスが発売されます。それを記念し、作者の大西巷一さんと、チェコ出身で日本在住20年以上になる歌舞伎研究者・翻訳家のペトル・ホリーさんとの対談の模様をお届けします。ホリーさんはチェコ、日本双方の文化に造詣が深く、『乙女戦争』を題材に、各方面へ話題が広がり、とても興味深い対談となりました。

 なお、この対談はコロナウィルス禍の折柄、東京と金沢を結んで、Zoomによるオンライン対談で行われました。(収録:2020年4月20日、構成:佐藤景一「双葉社月刊アクション編集部」)

■大西巷一/北海道出身。1997年『豚王』で漫画家としてデビュー。代表作に『ダンス・マカブル』(全2巻、メディアファクトリー刊)、『乙女戦争』(全12巻、双葉社刊)ほか。石川県金沢市在住。Twitter: @kouichi_ohnishi

■ペトル・ホリー/プラハ郊外、ドブジーシュ出身。カレル大学日本学科を経て、東京学芸大学大学院、早稲田大学大学院に留学。在日本チェコ共和国大使館勤務を経て、現在は大学講師、フリーランスとして活動。ウェブサイト「チェコ蔵」主宰。東京都杉並区在住。

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