■松村北斗と柳楽優弥が並んでラーメンをすする
忘れられないシーンがいくつかある。事務所で九条と並んでカップラーメンをすすってる場面。直前まで顔面ボウリングの余韻が残ってるのに、急に空気が柔らかくなる。ここだけラブコメ? と思うほど別のドラマになる。
そこで松村は台詞を増やさず、ラーメンを食べる自然な仕草と、相づちと、視線の変化だけで「警戒が少しずつ解け、親しみが芽生えていく」過程を全部表現してる。無駄のない動きの中に、烏丸の人柄と九条との距離の縮まりが凝縮されてる。派手な演出なんて一切なしで、人生の匂いまで感じさせる。この抑制された技量が本当にヤバかった。
次に黒崎煌代の曽我部聡太。クスリの運び屋で、旧知の間柄の金本にイジメを受け、罪を被らされるなど、不遇な人生を背負う若者だ。
軽い知的障害を抱え、言葉に詰まる間、視線の揺れ、おどおどとした身振り。黒崎の演技は、もはや演技の枠を越えて「リアル」そのものだった。「はい、どうじょ」「今夜はパーティー! パーティー!」というセリフ回しひとつ取っても、原作の曽我部にしか見えない。追い詰められてパニックに陥る姿、九条や烏丸にすべてを話すか迷う鬱屈した内面。23歳の若手とは思えない没入感だった。
黒崎煌代は静かに、だが確実に「不遇な人間の痛み」を体現していた。言葉の詰まり方や肩の落ち方一つで、曽我部の脆さと孤独を視聴者に突きつける。あいつがいなかったら、この物語の痛みはここまで深く刺さらなかった。


