■夜の海には危険がいっぱい『牛鬼』

 最後は、牛鬼淵同様に牛鬼を題材にした『牛鬼』を振り返りたい。これは、島根県江津市浅利に伝わる牛鬼(濡れ女)伝説を元にした物語。島根県に伝わる牛鬼は、女性に変装して夜の海に現れては人を襲うそうだ。そんな『牛鬼』のあらすじを見ていこう。

 昔、浅利村に侍が住んでいた。侍といっても過去のことで、現在はこの漁村で妻と静かに暮らしている。妻は「侍を捨てた身」と言う夫に思うところはあれど、文句も言わずに尽くしていた。そんなある日、牛鬼が出たと騒ぎが起こり、侍も退治に駆り出されることになる。

 気乗りしない侍が気分転換のために夜釣りに行くと、背後に赤子を抱いた薄気味悪い女が現れ、「この子に食べさせる魚を恵んでください」と言ってきた。侍は飛び上がるほど驚くも、釣った魚を渡す。すると、赤子は生魚をボリボリと食べるではないか。

 魚がなくなると女は侍の脇差を欲しがり、それも赤子に食べさせる。そして女は「人間ではないな」と怯える侍に赤子を押し付け、海に飛び込んでいった。と同時に、海の中から恐ろしい化け物が現れる。女の正体は牛鬼だったのである。

 一方その頃、侍の家では彼の刀がカタカタと音を立てて今にも動き出しそうな素振りを見せていた。

 海辺では、侍が赤子を抱いて牛鬼から逃げている。だが、赤子が突如石に変化し侍は転んでしまう。牛鬼に追いつかれ万事休すかと思われたその時、侍の刀が鞘から飛び出して空を飛び、牛鬼の眉間を貫いた。 

 この刀は、侍が売り払おうとしていたところを、妻が「刀は武士の命だから」と引き留めて飾ってあったもの。いつか侍に戻ってくれたらと願う妻の想いと刀の念が、侍を守ったのだ。

 ハッピーエンドで終わる話ながら、牛鬼の見た目がトラウマレベルだった同作。特に、緑の血を吹き出し断末魔の声をあげるシーンはホラー作品のようである。

 人間の身近に存在する妖怪として昔話に頻繫に登場する鬼たち。見た目の怖さはさることながら、エンカウントしただけで命を狙われるというのは恐ろしい。このほかにも、日本の各地に鬼にまつわる昔話があるので、それらを見比べてみるのも面白いだろう。

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