2024年11月21日、『ポケットモンスター 金・銀』が発売25周年を迎えた。社会現象にもなった『ポケットモンスター 赤・緑』の続編として大いに期待され、十二分に応えた本作は紛うことない『ポケモン』シリーズ屈指の名作だ。
だが、そんな名作に“発売延期”という紆余曲折があったことはご存知だろうか。『金・銀』はその発表から1年以上も発売を先延ばしされ、当時の子どもたちをやきもきさせたゲームでもある。そして、筆者はその“当時の子どもたち”のひとりだ。
今回は、当時のホビー雑誌も活用しながら『ポケモン 金・銀』発表から発売までに至る、筆者の悲喜こもごもな思い出を振り返ってみたい。
■ホウオウにデンリュウ…先行公開ポケモンに心躍った1996、1997年
『ポケモン 赤・緑』続編の存在が世間に公表されたのは、1996年7月頃のことだ。ポケモンの特集を頻繁におこなっていた月刊誌『コロコロコミック』(小学館)1996年8月号は「ポケモン2製作スタート特報!!」の見出しとともに『ポケモン』続編の情報をスクープ。当時は『金・銀』ではなく“ポケモン2”という仮の名前での掲載だったようだ。
同年2月に発売された『赤・緑』にみんながまだ夢中だったさなかの続編発表に、子どもたちは大いに盛り上がった。
とくに少しずつ明かされた新規ポケモンは注目の的で、新たな伝説のポケモン「ホウオウ」、ヤドランによく似た「ヤドキング」、かわいくてカッコいい「デンリュウ」などは子ども心にクリーンヒット。
「デンリュウはピカチュウ、ライチュウの次の進化だ」「ホウオウは実は赤・緑でも捕まえられる」といった推測やデマが友達のあいだで飛び交ったことをよく覚えている。
さらに1997年4月から放送を開始したアニメ版『ポケットモンスター』記念すべき第1話では、ホウオウのシルエットが登場する。まさかのサプライズに大興奮したあの頃の筆者はまだ知らない。実際にホウオウが、そして『ポケモン 金・銀』が発売されるまでの苦難の日々を……。
■いつまで経っても発売されない『金・銀』それでも「ポケモン熱」が冷めなかった1998年
アニメ版『ポケモン』がスタートした1997年春頃、ポケモン新作はその年の夏に発売すると告知された。
「夏休みはポケモンを遊びまくる!」そう誓い、ワクワクの日々を過ごしていた筆者だが、いざ夏になっても新作は発売されなかった。それどころか、1998年には続報も途絶えてしまう。
ポケモン新作を待ち続けた1998年の苦しみは、今も忘れられない。子どもにとっての1年は大人と比べてはるかに長く感じられる。それが、大好きな『ポケモン』のことならなおさらだ。
『コロコロコミック』を毎月買い、祈るように特集ページを開くも、そこにあるのはアニメ版や『赤・緑』にまつわる企画ばかり。すべてのページを何度も読み返し、諦めの気持ちで『コロコロ』を閉じた。
結局、1998年にまともな進展はなかった。まるで最初からそんな話はなかったかのようだった。「ホウオウもデンリュウも夢だったんじゃないか?」と、自分を疑い続ける1年だったように思う。
では『ポケモン』そのものに嫌気が差したかといえば、案外そうでもなかった。
後年まで語られる名作映画『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』の公開や、アニメ版をモチーフにしたマイナーチェンジ『ポケットモンスター ピカチュウ』発売など、コンテンツとしての『ポケモン』は大盛り上がりだったからだ。
とくに『~ピカチュウ』はアニメ再現のクオリティが高く、鬱憤を晴らすかのようにやり込んだ。おかげでポケモン熱は衰えなかったのだから、本当にありがたい話である。