1969年のデビュー以来、斬新で革新的なテーマを織り込んだ漫画を生み出してきた山岸凉子さん。1971年に『りぼん』でスタートしたバレリーナが題材の作品『アラベスク』をはじめ、ギリシャ神話をモチーフにした作品や同性愛を扱った作品などジャンルは幅広い。
その中でもとりわけ注目を集めるのが、『ゆうれい談』などのホラー短編作品である。山岸さんの描くホラーは、怪異や“ヒトコワ”要素が絶妙に混ざりあう作品が多い。そのうえ、怪異を払って終了というスッキリする展開はほぼなく、読後に怖さが残る。今回は、そんな山岸さんのホラー短編作品を見ていく。
■世代を超えて続く呪いの連鎖…『わたしの人形は良い人形』
まずは、1986年に『ASUKA』に掲載された『わたしの人形は良い人形』。同作は、市松人形の呪いを描く王道ホラーで、昭和21年秋から始まり、母から孫の代まで主人公を変えながら展開していく物語だ。
ある日、野本初子とその妹・姿子、そして隣に家に住む竹内千恵子が遊んでいたところ、初子が進駐軍のジープにぶつかってしまう事故が起こり、その晩、体調が急変し死んでしまう。千恵子の母は大切にしていた人形を“初子の副葬品“として捧げるが、初子の祖母がその人形を隠したことで、人形を貰えなかった初子の魂が怨念となって人形に宿ってしまった。
そして後日、千恵子が初子に導かれて死に、千恵子の人形への執着もまた怨念となり、人形に宿る。
その10年後、祖母の死を機に中学生になった姿子が祖母のタンスから人形を見つけ、再び怪異が起こり始める。その結果、怨念を宿す人形に追い詰められた両親が火事で死に、生き残ったのは姿子と人形のみとなった。
さらに時は経ち、昭和60年春。姿子は、夫と娘の陽子とともに実家跡地に家を建てるが、今度は陽子が荷解き中に人形を見つけてしまい……。
文春文庫版の帯には「とにかく怖い!」と大文字で書かれており、表紙の人形のビジュアルとあいまって中身の恐ろしさを期待させる一冊となっている。最近では市松人形がある家はあまり見かけなくなったが、発表当時の80年代、同作のような古い人形が身近にあったという人も多いはず。そうした人にとっては、読後、人形の見方が変わってしまうようなトラウマ体験が味わえる漫画だろう。
■怪異と人の闇…ダブルの恐怖が少女を襲う『汐の声』
1982年に『プチコミック』に掲載された『汐の声』は、全身にじんわり染み込むような後味の悪さを感じる名作だ。同作の主人公は、霊能力タレントの17歳の少女・佐和で、彼女が「ユーレイ屋敷探訪」の撮影で、他の霊能力者らとともにいわくつきの館に向かうという物語だ。
実は、佐和には霊能力などない。幼い頃にたまたま火事を当てたことを、両親が霊能力だと騒いだだけなのだ。本人は気にしているが、自分の稼ぎに期待する両親のために神経を擦り減らしながら演技をしていた。
両親の過度な期待は、ある意味マインドコントロールのよう。そのおかげで佐和は、親の作ったご飯しか食べられず、親がいない場所では寝ることさえできなくなっていた。
現場での佐和は、スタッフにインチキだと陰口を叩かれていた。そして、誰一人味方のいない環境で怯える佐和の周囲に、次々と異変が起き始める。だが、訴えても信じてもらえず、逆にスタッフはパニック状態の佐和を見てヤラセ前提で撮影を続けた。
止まらない怪異に精神が壊れ、今日で霊能力者を辞めると決意する佐和。しかしその夜、轟音とともに母親をベルトで絞め殺す少女の霊が現れる。少女が顔を上げると、なんとその顔は大人の女性だった。少女は佐和に「おまえはわたしだ」と言い、襲い掛かる。叫び声を聞いたスタッフが駆けつけると、そこには息絶えた佐和の姿が……。後日スタッフが映像を確認すると、ラップ音と少女の霊が映っていた。
少女の正体は、親に成長を止める薬を飲まされ、恨みから親を殺した元子役スターの舞あけみ。死後怨念となった彼女は、同じ境遇の佐和にシンパシーを感じ命を狙っていたのである。人が去った果無館では今でも、佐和があけみに追いかけられ「ママ助けて」と怯えていた……。
孤独な佐和に追い打ちをかけるように起こった悲劇。あまりにも可哀想な展開に胸が痛くなってしまう。