■丸太をハンマーで打ち込む!!『はじめの一歩』一歩の新型デンプシーロール
最後は森川ジョージ氏によるボクシング漫画『はじめの一歩』(講談社)のエピソードだ。『はじめの一歩』に登場するボクサーたちは、それぞれ何かしらの必殺技を持っていることがほとんどだ。そして、必殺技を修得するために日々積み重ねている地道な努力もつぶさに描写するのが『はじめの一歩』が人気を博した理由のひとつとも言えるだろう。そんな中でも、異常なほどの猛特訓をしているのが主人公である幕之内一歩だ。
沢村竜平との防衛戦では新型デンプシーロールを披露して、沢村だけではなく他のボクサーを驚かせた。しかし、少し下がることでカウンターを取られてしまうという弱点を見事に克服したこの新型デンプシーロールは、肉体への負荷が大きすぎるため連発することが不可能。
そこで一歩が考えたのは肉体の強化だった。新型デンプシーロールに負けない肉体を作るために、河原で丸太をハンマーで叩いて打ち込むという練習に没頭する。地味で苦しい練習のはずなのに楽しそうな一歩の姿には、ジムの後輩である板垣も呆れるほど。しかも一歩は10本もの丸太を打ち込み、河原の立て看板で「丸太を埋め込まないで下さい」と注意されてしまった。
この練習には、デンプシーロールに頼らずとも優位に試合を進めることができるような肉体を作るという目的もあり、特訓後の唐沢拓三戦ではその効果を証明することになる。一歩の強烈な一撃に備えて、ボディを鋼のように鍛え上げた唐沢の腹筋を一撃で破壊し、追撃のフックによって2回転させる強烈なダウンを奪ってみせた。
それまでの一歩もハードパンチャーとして名を馳せていたのだが、特訓後はさらにその破壊力を増し、文字通りひと皮むけた姿を見せつけることとなった。
スポーツ漫画において、血と汗がにじむような過酷な猛特訓の末に繰り出される必殺技は、勝利の鍵を握る重要なポイントとなる。そして、それを読む読者もまた、通常では考えられないような常軌を逸した試練に挑み、弱点を克服するキャラクターの姿に引き込まれ共感するからこそ、その結果として得る勝利に対して、より強い感動を覚えることができるのだ。