■老若男女問わず楽しめる工夫と唯一無二の世界観

スーパーファミコン用ソフト『MOTHER2』プレイ画面より、冒頭シーン

 本作が海外で発売された当初、実はあまり高い評価を得ることはできず「子供向けだ」と批評されたこともあるのだそうです。それはおそらく主人公「ネス」の目線、12歳の少年向けに大人たちが話し、世界が回っているためだと思います。しかしそれこそが、本作の「子供の感動」を感じさせるのに大きな役割を担っています。

 では、簡単にあらすじを紹介します。ある日の夜、ネスが暮らすオネットという田舎町に隕石が落ちるところから物語が始まります。とてつもない落下音に目を覚ましたネスは隕石の落ちた山へ向かいますが、警察がすでに道を閉鎖していたため家にまた戻り、家の前にいるママに話しかけると「もうおそいからはやくおやすみなさい」と言われ、ネスは再び眠ることにします。

 その後、また夜も更けたころ、ネスはお隣に住むポーキーの下品なノックで目を覚まします。玄関先にいるポーキーに隕石を見に行った弟のピッキーを一緒に迎えに行こうと言われ、2人は再び山へと向かいます。その頃には既に閉鎖は解かれており、隕石の近くまで行くことができたネスは付近の木陰で眠っているピッキーを発見し、帰ろうとします。

 すると、ブーンブーンというカブトムシの飛ぶ音が聞こえないか? とポーキーに言われ、隕石に近づくと「ブンブーン」という未来の世界からやってきた虫? が現れます。ブンブーンは、未来は地獄のようなありさまで、その未来を救えるのは3人の少年と1人の少女であり、その1人がネスだと告げるのでした……。

ブンブーン

 ここからネスの冒険が始まるのですが、この冒頭、RPGならではの「非日常感」の中に潜むリアリティがすでに詰まっていますよね。隕石が落ちてきて深夜に目を覚まして、見に行ってしまう感じ。

 すでに30歳となった今の私ではもし大きな音で目を覚ましたとしても、窓の外からぼんやり眺めて見えなければそのまま眠って終わってしまう気がします。仮に見に行ったとしても家の前でママが待っていてくれることはないでしょう。

 そして、メタ的な視点で考えると、ネス一人で1回向かわせる意味もないですよね。最初の隕石の音で目を覚ましたあと、ポーキーとピッキーと向かえばいいわけですから。しかし、ネスに一度行かせた。これは、家族の関係性、ネスにとってのママがどんな人物なのかを描くことがこの作品にとってとても大きなことなのです。

帰りたくなるママのセリフ。ネスの「こうぶつ」を用意していつでも待っていてくれている

 エンディングまで行けば分かります。私はネスのママが、どんなゲームの「母親」よりも身近で、理想的で、暖かくて大好きです。

 ちなみにネスは冒険中、「ホームシック」という状態異常にかかります。これは戦闘中にママの手料理が食べたくなったりして、たまに行動できなくなるというものです。これもなんだか愛らしいですよね。ママに電話をかけて話をしないと治らないというめんどくささ極まりない状態異常なのですが、それも苦ではありません。むしろ、ママとの電話は冒険の上で不必要な会話なのに定期的に話したくなってくるほどです。

 そして大人になってから本作をプレイすると、ママに電話をかけるという行為の意味合いが少し変わってきます。子供の頃は「ホームシックを治す」くらいの気持ちで電話をしていましたが、大人になってからプレイすると「ネスの声を聞きたいだろうな」「心配だろうな」と考えるようになるのです。

 これはともに冒険することになる、ポーラ、ジェフにもそれぞれの身近な大切な人がいて、彼らの目線でも「家族愛」「友情」が描かれます。それを目撃するたびに、彼らではなく両親や友人に感情移入するようになります。糸井重里さんが手がけた、物語には全然関係ないふとした会話の言葉選びがとてつもなく心に刺さるのです。

ゲーム開始して2時間たつと父親から休憩を催促する電話が入る目に優しい設計

 ちなみに私の好きなセリフの中でネタバレにならないもので言いますと、ジェフがネスたちの元に向かう際に寄宿舎を抜け出すのですが、そのときにルームメイトのトニーが高い正門を飛び越えるために踏み台になってくれます。

 その際にトニーがジェフに「とりあえず……さよなら。 きみがどこへいくのかしらないけど、ぼくらずっとしんゆうだぜ!」と言うのです。

 このセリフを大人になってから読んだとき、私も小学生の頃、転校するときによく遊んでいた友達が「遠くに行っても友達でいよう」と言って、手紙をくれたことがあったなと思い出しました。トニーはジェフが「どこかに行く」という意思を尊重して、踏み台になってまで親友を送り出してくれます。

「きみがどこにいくのかしらない」のに、です。このセリフ、グッときますよね。

 その何とも言えない切なさと愛しさと、そしてそんな経験したことがないはずなのになぜか自分に寄り添ってくれているような身近さを感じさせる表現の数々は、「糸井節」と呼ばれる糸井重里さんの圧倒的な才能をダイレクトに味わうことができます。この登場人物たちのシリアスなものからゆるいものまで多種多様なセリフの数々を楽しむだけでも、本作の魅力の一端を感じることができますよ。

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