■スタンダードを示し続ける
福山 鶴岡さんは、世代的にアニメ業界のアナログからデジタルへの推移を間近で経験されてきたと思うのですが、役者だったり、芝居に対する考え方で変わったことなどはありますか。
鶴岡 個人的には、テクノロジーが発達してできることが増えたこの状況はすごくいいことだと思っている。今はセリフをどこまででも細かく切り刻むことができるけど、それは言い換えれば、できる限り本番のテイクが活かせるということでもあるわけだよね。「すごく良かったんだけど、語尾だけが……」という場合でも、今ならそれを役者に説明した上で語尾だけ録らせてもらうこともできるしね。
福山 アナログ時代だとそのテイクごとボツにするしかないですからね。
鶴岡 そうなるとこれは大変なんだよ。だって語尾以外は最高なんだから。それを超えるものを録ろうとしたら、テイク23くらいまでやった挙句に「もう最初のでいいや」ってなることもしばしば(笑)。結局たどり着かないで終わることも多いんだよね。
福山 いまでは収録がてっぺん(24時)を超えたっていう話はほとんど聞かなくなりましたからね。こういうテクノロジーの進化って、これで終わりなわけではなくて、これからもどんどん続いていくわけですね。
鶴岡 それはそうだよね。
福山 そうなると、次は距離感を自分たちで演出する必要もなくなるかもしれませんよね。今は劇中の立ち位置などに合わせて細かい距離の演出を役者自身でやっていますよね。それもやらなくて済むとなると、助かる反面とても危ないなという意識もあって…。
鶴岡 ああ、そうか。逆に、芝居をするにあたっての「距離の概念」そのものが失われてしまう可能性があると。
福山 そうなんですよ。技術やテクノロジーにどう対応していくのかって、中堅世代の声優としてはすごく考えることが多いんです。数年後には必要がなくなるかもしれないアナログ的な技術をいったいどこまで教える必要があるのか、というところもあるとは思いますが。とはいえ、消えゆく技術だったとしても継承しておいたほうがいいこともありますから。
鶴岡 なるほどね。これはアニメの業界に限った話ではないけど、福山の世代ってアナログ時代のいろいろなものをキチンと継承できた最後の世代だよね。
福山 もう本当に、ギリギリ最後の世代です。
鶴岡 そうやって連綿と続いてきたアナログ技術の先にあるのがデジタル技術であって、そこはあくまで地続きのものであると考えたほうがいいよね。
福山 なるほど。ただ、それをどう伝えるかって難しいんですよね。この20年間は先輩たちを見て学んでいくということで良かったんですが、すごいスピードでデジタル化しつつあるいまの環境で、次の世代に何をどう伝えていけばいいのかっていうのは僕らの世代が直面している課題だと思うんです。
鶴岡 だからこそ常にスタンダードを示し続けることが大切なんじゃないかなと思うけどね。
福山 スタンダード、ですか?
鶴岡 そう。私なんかはもう60歳だけど、やっぱり20年くらい前までは毎日スタジオで何かを追求していたと思うよ。音響技術にしても、それまでは劇場版でしかできなかったようなことが深夜アニメでもやれるんだということを示してきた日々だった。やっていることは役者さんと全然違うけど、私にとっての「スタンダードとは何か」ということの模索の日々だったんだよね。スタンダードとは、その時代ごとの技術と先人の知識が積み重なり、自分の中に基準として作られるもの。つまり、いつの時代でも大事なのは自分にとってのスタンダードを言葉や振る舞いを通して、次の世代に指し示していくことだと思う。あと音響マンとして言わせてもらうと、「いい音を聴かないといい耳は育たないし、音響や作品に多様性も生まれない」ということだよね。