■「誠意を持て」と「勝算はあるのか」
鶴岡 でも自分の出番が終わってもずっとロビーに居座っていたっていうのは、どこかに執念めいたものを感じたんだと思うよ。それに、あのキースというキャラは今やれって言われてもできないよね。
福山 おっしゃる通りです。僕もいろいろなキャラクターを演じさせてもらいましたけど「二度とできない」と断言できるのはキースだけですね。他のキャラならまだチャレンジしようという気にもなるんですけど、キースだけは無理です。声質の問題ではなく、時間をあの頃に戻せないのと同じなんですよね。
鶴岡 何かを得てしまったら二度とできないキャラなんだよね。
福山 当時の僕は、そもそもアニメで人間のキャラクターを演じたことがなくて、キースが初めての等身大の人間の役だったんです。当然デフォルメではないリアルな芝居を求められたのも初めてで、手持ちの武器が何もない状態でした。毎回「うわ、何もできない!」と思い知らされた作品でした。
鶴岡 でもその丸腰な感じ、武器のない感じも無垢で良かったんだよ。何しろ滑舌がよくて口は回るんだから(笑)。
福山 そうそう(笑)。それ以来鶴岡さんとご一緒するたびに言われていたのが「誠意を持て」と「勝算はあるのか」のふたつでしたね。
鶴岡 福山は口から言葉を発する能力がズバ抜けていて、とにかく流暢。だからこそ、たまにはちょっと止まって考えてみろと(笑)。
福山 あはは。鶴岡さんのアドバイスってすごく絶妙で、答えそのものをポンと提示してくれるわけじゃないんです。僕のやりたい芝居のプランが作品や役柄と合っているか、あるいは考え方として適切かどうかも見てくれている。そういうアプローチの是非も含めて言葉をかけてくださるので、それはむしろ答えそのものを与えられるよりも自分のためになったなと思うんです。そういうのって、きっと“敢えて”なんですよね?
鶴岡 多分ね(笑)。だって福山って、思考回路にもまったく淀みがないよね?
福山 迷うのがあんまり好きじゃないので、意識的にそう割り切ってしまっている感じですね。
鶴岡 そう、だからこそそこに少し深みや厚みを加えたいと思ったときにはどうすればいいかっていうと、福山の中で完成されているプランに対して淀みを与えて、「ん?」って考えてもらうしかなかった。
福山 具体的なディレクションをもらっていたら体裁を繕うことしかできなくなっていたような気もして、理解するのに時間はかかりましたが、すごく感謝しています。『巌窟王』くらいでようやく鶴岡さんの言わんとしていることが理解できるようになってきた感覚がありました。
鶴岡 確かにそうだね。私も福山のことをすべて知っているわけじゃないけど、『∀ガンダム』から『巌窟王』までの5年間は相当勉強しているんだろうなというのは当時から感じていたよ。