『ポケットモンスター』30周年に振り返る「通信交換あるある」 通信ケーブルにGTS、ミラクル交換にまつわる「ありがちな出来事」も…の画像
ゲームボーイソフト『ポケットモンスター赤』(ふたまん編集部撮影) (C)1995 Nintendo(C)1995 Creatures inc.(C)1995 GAME FREAK inc.

 2026年に30周年を迎えた『ポケットモンスター』シリーズ。1996年に発売された『ポケットモンスター 赤・緑』は、ポケモンそのものが社会現象になるほどのムーブメントを巻き起こした。その大ヒットの大きな要因の1つに「ポケモンこうかん」の存在があった。

 当時、『ゲームボーイ』のような携帯ゲーム機で友だちと一緒に遊べる機能は革命的であった。とくにお互いのポケモンをやり取りできる「通信交換」は子どもたちの好奇心に火をつけた。「ポケモンずかん」を完成させるため、ポケモンの交換に躍起になる子どもは多く、筆者もそのうちの1人だった。

 シリーズ開始から30年が経過し、ポケモンの総数も当初の151匹から1000匹以上にまで増えた。それと同様に、ポケモン交換のシステムもその歴史の中で何度も変化している。

 そこで今回は、ポケモン史を彩ってきた「交換」にまつわる、“あるある”ネタを振り返ってみたい。

 

※本記事には各作品の内容を含みます。

 

■通信ケーブルを持っている子の“争奪戦”があった

 シリーズ初作品『ポケットモンスター 赤・緑』において、ポケモン交換に欠かせなかったのが「通信ケーブル」の存在だ。黒いケーブルの両端についている端子で2台のゲームボーイを接続し、互いのポケモンを交換することに子どもたちは夢中になった。

 この時代の「ポケモン交換あるある」だったのが、「通信ケーブルを持っている人がひたすらクラスの人気者だった」という現象に尽きる。ゲームソフトとは別売りの通信ケーブルは、小学生のお小遣いではなかなか手が届かない贅沢品であり、大半の子どもはケーブルを所持している友だちから借りるしかない。

 そのため、小学校では「放課後、一緒に遊ぼう!」「通信ケーブル持ってきてね!」という誘いが飛び交っていたのである。

 筆者のクラスの場合、通信ケーブルを所持していたのは40人中2人か3人だったので、彼らの放課後や休日は“争奪戦”の様相を呈した。

 もしかすると、ピカチュウやリザードンといった人気ポケモンより、彼らのほうが人気を集めていた気すらしてしまう。

■世界中のトレーナーと交換できる「GTS」が登場

 通信ケーブルによるポケモン交換も革命だったが、2006年発売の『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』では、それを上回る「大革命」が起こる。『ニンテンドーDS』のWi-Fi通信機能の実装により、全世界のポケモントレーナーとポケモン交換ができるようになったのだ。これこそ場所を選ばない、完全ワイヤレス時代の幕開けであった。

 特に印象深い出来事が、「グローバルトレードステーション(GTS)」の登場だ。これは、あらかじめ自分が欲しいポケモンと交換に出すポケモンを設定しておけば、その条件に合致するトレーナーと交換が成立するというもの。これにより、Wi-Fi環境さえあれば、いつでも手軽にポケモン交換が可能となったのだ。

 「世界中のトレーナーと協力できるなら『ポケモンずかん』もすぐ完成させられる!」と期待は膨らんだが、そう簡単ではなかった。GTSでは他のプレイヤーが預けたポケモンを探すことはできるものの、自分がゲーム内で出会ったことのあるポケモンしか指定できないという縛りがあったからだ。

 「名前も姿も知っているのに、ゲームで出会ってないからGTSで探せない……」と涙を呑んだ経験は、『ダイパ』をプレイした多くのトレーナーが共有する記憶だろう。

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