■有田哲平への最後の挨拶

「お手伝いさせてもらったお礼を言って、就職で上京することも伝えました。そしたら有田さんに『ホテルまでちょっと一緒に歩くか』って言われて夜道を歩いて。ホテルに着いたら有田さんに『さだ、携帯持ってる?』って言われて『あ、はい。持ってます。どうぞ』って渡したら、その携帯からどこかに電話をかけてすぐ切ったんですよ。で、『今かけたのは俺の番号だから、なんかあったらそこにかけてこい』って言ってくれて。泣きそうになりましたね……」

 しかし、さだ馬刺しは電話をすることはなかった。

「ちょうど海砂利水魚から改名する時で、どんどん忙しくなってらっしゃって。売れていく人に素人がしがみつくのは失礼なんじゃないかなとか、それは恥ずかしいことなのではないかみたいな自意識もあって、結局連絡することはなく、疎遠になってしまいました……」

 ここでぐいぐい行ける人は行けるだろうし、特に芸人関係の世界ならそれがプラスに働くことがあるのだが、さだ馬刺しにはそれができなかった。しかしその「できなさ」がさだ馬刺しを含めた投稿者を愛おしく思うところだ。自分に置き換えて考えると私も連絡はできなかっただろう。

「その頃に初めて、年末に開催されていたバカサイの忘年会に行ったんですよ。当時は月10枚くらいハガキを出していました。でも写真のコーナーにばかり送って、ネタは送ってませんでした。『ピカピカ便所掃除』のコーナーとかに送ってました」

 突然飛び出した『ピカピカ便所掃除』という文字列に戸惑う方が多数いると思うので解説すると、バカサイのコーナーで、トイレをピカピカに磨いてそれを写真に撮って送るというコーナーで、ピカピカならピカピカなほど良いとされた。バカサイ史上、いや投稿界で最も人の役に立つコーナーだったといえよう。

「ネタは書いてもまず採用されなかったんで。やっぱりバカサイはレベルが高かったんですよ。でもそんな世界に触れたくて勇気を出してバカサイの忘年会に参加しました。会場に行くと常連の方がたくさんいて、その中でもレジェンド的なトップヘビー5さんがいて、横にせきしろさんがいました。『あー、怖いなー』と思いました。とにかく怖い空気が充満していて……」

 私もトップヘビー5も、それこそくりぃむしちゅーも同い年である。私やトップヘビー5の当時の年齢もあっただろうし、あえて怖さを出す振る舞いをしてしまう世代だったとも言える。ちなみにさだ馬刺しの次兄も同級生にあたる。

「僕はネタを出してない分、別のことでアピールしようと思って、会社から持って行った大量の珍味を配りまくりました。でも、何もかも空回りしてしまって……」

 この頃のさだ馬刺しは自ら卑下するキャラクターを作り、演じがちであった。思いっきり体育会系の世界ならそれも受け入れてもらいやすいかもしれない。しかしセンスと自意識で武装している投稿者が多く集まる場所では、さだ馬刺しの振る舞いはただただマイナスに映ったことだろう。

「一方、珍味の会社では慣れない営業をしてどんどん心身ともにすり減っていきました。休日は朝からゲームと酒に溺れて……。当時は毎月東北6県を営業車で2000kmほど走ってました。

 初日に、東北道で青森まで一気に。で、そこから山形秋田にぐるっとまわって、仙台いく感じでした。青森まで600㎞ぐらい、車の後ろに珍味を載せて8時間くらいかけて高速で行きました。とにかくずっと営業車に乗ってて、夜中2時くらいになるとラジオをかけながら歌ったり、意味のない声を出したりして、自分でもなんか変な感じになっているなと思っていました。

 やがてラジオも当たり障りない昼のラジオとかしか聴けなくなってしまいました。昔一緒にいた投稿者の中には構成作家として頑張ってる人もいる、なんて話を人づてに聞くと、自分は何やってるんだろうって」

 この感情はよくわかる。投稿仲間がラジオの作家の仕事を始めたとか、テレビの仕事を貰ったとか、雑誌で書き始めたとか、そこには嫉妬が生まれる。なんであいつなんだよと思う。自分の方が面白いのにとすら思う。しかし本来は祝福すべきことなのはわかっているから葛藤が生まれる。そうなると可能な限り情報を遮断するしかないのだが、不意に知り合いの名前が出てきたり、交流があったのに疎遠になった人が出てきたりするから様々な感情が渦巻く。そこでさらに遮断するためにテレビを見たり、ラジオを聴いたり、雑誌を見たりしなくなる。負のスパイラルである。「そんなこと気にして何になるんだ」と励ますつもりで言ってくる人もいるが、その言葉にはなにも効果はない。

 ところがここでさだ馬刺しに転機が訪れる。「もうどうでも良いや!」と思ったのである。自暴自棄になったのだ。この考え方は良くないイメージを抱く人が多いだろうが、実はそうでもない面も持っている。余計なことを考えずになりふり構わず行動することで道が開けることがあるのだ。それを証明するように、珍味会社を辞めて無職になったさだ馬刺しに変化が起こる。

「この頃に彼女にフラれたのもあって『もうどうでも良いや!』と思ってバカサイにネタを送りまくったんですよ。そしたら急に採用率が上がって。『あれ?』って。そこから採用されるためにいろいろ分析もするようになって。たとえば『あ、今はラオウのネタが流行っているんだ』と気づいたらその流れに乗っかってみました。そうしているうちにいつしかネタをたくさん書けるようになってました」

 私の中ではさだ馬刺しは突然おもしろくなった印象がある。もちろん出会った頃から一定のおもしろさを持っていたが、突如確変したのだ。このタイプは珍しい。少なくとも私の周りにはいなかった。おもしろい人は最初からおもしろく、おもしろくない人はずっとおもしろくない。私はそんな極論に似たことを思っていたが、さだ馬刺しはそのどちらでもなかった。

 採用が増えたのは単純にさだ馬刺しのネタが良くなったからだ。きっとさだ馬刺しの人間味やパーソナルな部分がネタに反映されたのが大きな要因だろう。それまでは「自信がない」タイプであったが、その自信のないところもネタにするようになったと私は感じた。同時にさだ馬刺しの中に渦巻いていた自意識もさらけ出すことによって昇華された。それは中堅以上になって売れる芸人に似ているかもしれない。

 その後、バカサイのポイントレースでさだ馬刺しは2009年から2012年にかけて6連覇するのである。

 

【プロフィール】
せきしろ
作家。俳人。ASH&D所属。結社『断片』。近著として、SF掌編集『宇宙の果てには売店がある』、自由律俳句集『そんな言葉があることを忘れていた』等。『又吉・せきしろのなにもしない散歩』(BSよしもと)出演。『武田砂鉄 #ラジオマガジン』(文化放送)月曜レギュラー。ザ・ギース尾関&広本瑠璃『#年の差ラジオ』(中国放送)構成。

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