昭和から始まり、時代を超えて多くのファンに愛されてきた『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治氏)は、たくさん笑えて時々泣ける物語が魅力のコメディ漫画だ。
主人公の両さんこと両津勘吉の破天荒な行動に笑わされ、時には人情あふれる感動ストーリーにほろりと涙してしまうこともある。一本調子ではない、さまざまなかたちのドラマが描かれてきたことも、『こち亀』が長年にわたって愛され続ける理由の1つだろう。
そしてその中にはごくまれに、両さんが一切ふざけず、1人の警察官として真剣に職務をまっとうする“笑えない”物語も登場する。ほっこりするようなオチではなく、胸を締めつけられるような切ない感情を呼び起こし、読後は深く考えさせられる……そんなシリアスなエピソードである。
そこで今回は、両さんが最初から最後まで大真面目だった「シリアスな事件」を紹介しよう。
※本記事には作品の内容を含みます。
■先輩の殉職を描いた「両津刑事!の巻」
まずは、第41巻収録「両津刑事!の巻」を紹介しよう。このエピソードはタイトルの通り、両さんが派出所のお巡りさんではなく、刑事として奮闘していた過去の物語である。
物語の舞台は、作中時間で20年前に遡る。当時、両さんはまだ新人の警察官だったが、若くして犯人検挙率が非常に高く、その実績を買われて憧れの刑事課へ配属されることになった。
テレビドラマで見た、“かっこいい刑事”に憧れていた両さんは大喜び。だが、コンビを組むことになった先輩・南部刑事から「実際はドラマのようにいかんよ」と言われたように、地道で泥臭い刑事の現実に直面し、うんざりし始める。
そんなある日、彼の刑事人生を揺るがす大きな転機が訪れる。暴力団の組長を逮捕するため、南部とともに現場に踏み込んだ両さんだったが、手下の拳銃で南部が撃たれてしまう。すぐに駆け寄った両さんに、彼は自分に構わず組長を追えと命じた。
刑事としての使命を果たせと告げた先輩の気迫に押され、走り出した両さんは見事に組長を逮捕する。それは両さんが憧れたテレビドラマのような劇的な展開だったが、組長を捕まえた両さんは「撃ちやがって! ちくしょう」と八つ当たりをするように手下を殴るのだった……。
事件から2日後、撃たれた南部刑事はその傷が原因で殉職する。そして間もなく、両さんは自らの希望で派出所に戻った。
『こち亀』において登場人物の「死」が描かれることは非常に珍しく、加えて両さんが刑事を辞めた理由を明言していない余韻も心に刺さる。若き日の両さんの青春と苦悩、そしてハードボイルドな魅力が詰まった屈指の名エピソードである。
■警察官として幼なじみを自首させた「浅草物語の巻」
ふだんは勤務中に遊んだり、金儲けを企んだりしてばかりの両さんだが、事件となれば警察官として真面目に働く。その犯人が自身の幼なじみだったという皮肉な展開を描いた第57巻収録の「浅草物語の巻」は、ファンの間でも特に人気の高いエピソードの1つだ。
ある日、葛飾署に立ち寄った両さんは、小学生時代に仲が良かった村瀬賢治の姿を偶然見かける。かつて「一番の天才少年」と称された村瀬は裏社会の人間になっており、逮捕されて署から護送されるところだった。
当初は「エリートでも悩みごとがあるのかあ」と軽く受けとめていた両さんだったが、村瀬が拳銃を奪って逃走したとの報せを受け、自ら捜索に乗り出す。
村瀬が浅草付近で逃走したことを知った両さんは、土地勘を活かして裏路地を捜索。そして見事に村瀬を見つけ出し、拳銃を突きつけられても怯まず乱闘を繰り広げる。
相手が幼なじみでも、いや、幼なじみだからこそ一切容赦しない両さんの大立ち回りは迫力満点。その最中に「人生を投げた時点でおまえの負けだ!」といった、心に響くセリフを言うのも両さんらしい。
乱闘の末に村瀬は改心し、後日自首をする。この「浅草物語の巻」は、両さんと村瀬の2人の友情に焦点が当てられがちであるが、私情を乗り越え、警察官としての職務をまっとうしようとする両さんのシリアスなかっこ良さも見逃せないポイントである。


