■10話500分の視聴が報われた名セリフ

 そしてゆきおが、静かに、それでいてどこか遠くを見るような目で返す。

「必要……だからじゃない?必要だったんだよ文菜には。もしかしたらさ。これは極論かもしれないけど、そうしないと、文菜は死んじゃうんじゃない?フフ……なんかの魚が泳ぐのやめるの死ぬ、みたいに。」

「マグロとか?」

「マグロとか……カツオとか……」

 ここまでのやり取りだけでも、すでに胸がざわつく。魚のくだりが本当に聞いててダルすぎる。だが、本当の爆弾はここからだった。

 文菜が自分の底なしの自己中心性を自覚し、恋愛というものの意味すらわからなくなって、ほとんど叫ぶように言う。

「いやぁ……私ずっとこうなのかな?結局私は、自分のことが一番大切で、自分勝手で……あの……誰のことも好きじゃないのかもしれない……なんかすぐ人のこと好きなるとか言ってるけどさ……ホントに好きだったらさ……すぐに誰かに惹かれたりしないじゃん……ってことは……やっぱね、誰とも付き合わない方がいいのかもしれない……ちょっとねもうよくわかんない! 好きって何? 恋愛って何なの?」

 その瞬間、ゆきおが小さく息を吐いて「フッ」と笑った。

 文菜が「何?」と顔を上げる。

 ゆきおは、まるでこれまでの10話すべてを、全部まとめて肩から下ろすような、底抜けに軽い、でもどこか優しさすら感じさせる声で言った。

「いや、知らね~と思って。知らね~。マジでど~~~でもいい」

 このセリフだけで、10話500分を見てきた甲斐があった。

 本当に、これだけで全部報われた。

 成田凌の演技が、ここで完全に開花した。成田の魅力は、まず「温度感」のコントロールが異常なところにある。このセリフを言うときのゆきおは、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでも、諦めているわけでもない。ただ、すべてをわかった上で、でもそれに縛られないという、極めて稀有な「達観」と「無関心」が同居している。

「知らね~」の伸ばし方、「マジでど~~~でもいい」のだるそうな響き。あの声の響きは、冷たく聞こえるのに、なぜか温かい。投げやりなのに、どこか慈しみがある。文菜の痛い告白を真正面から受け止めた上で、「それでもいいよ」と許しているような、それでいて「どうでもいいよ」と突き放しているような、矛盾した感情を一瞬で表現してしまう。

 成田凌は、目と口の演技のバランスが抜群に上手い。口元は軽く笑っているのに、目は少しも笑っていない。いや、笑っているのかもしれないが、その笑いは「相手を嘲笑う笑い」ではなく、「自分を含めてこの状況すべてを笑っている笑い」だ。カメラが寄ったときの瞳の奥に浮かぶ、諦念と優しさと、ほんの少しの残酷さが混じった光。あれは成田にしか出せない。

 ゆきおは文菜に傷つけられ、裏切られた男だった。嫉妬し、怒り、泣いた夜もあったろう。それが最終回で、急に「ど~~~でもいい」に到達する。その落差が凄まじいのに、成田凌はそれを不自然に感じさせない。むしろ「そうなるしかない」と納得させてしまう。

 成田凌は「変化」を演じるとき、決して大げさな表情や声のトーンで示さない。内側からゆっくりと、でも確実に温度が変わっていくのを、観る者に感じさせる。文菜の話を聞いている時の、虚無の顔。まるで同じ人間が違う生き物になったかのようだった。完全に魚の目だった。それを「演技」で繋いでいるのに、どこにも継ぎ目が見えない。

 声の出し方も天才的だった。「知らね~と思って」の「思って」の部分で、ほんの少し息が漏れるような感じ。あの微かな息の乱れが、ゆきおの心の奥底にまだ残っている「どうでもよくない」部分を言葉とは裏腹に見せてくれる。完全に無関心を装っているのに、実はまだ文菜のことを想っている。でも、それを認めたくない。認めたらまた傷つくから、全部「ど~~~でもいい」にしてしまおうとしている。そんな複雑な心理を、たった一つのセリフと息遣いで表現してしまった。ヤバすぎる。

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