■鬼になった理由…ささやかな幸せも奪われた悲しき過去

 狛治が父親の墓に祝言の報告をして帰宅すると、そこには毒殺された慶蔵と恋雪の姿があった。

 素流道場は、もともと慶蔵が山賊から救った老人から譲り受けたものであった。隣接する剣術道場は、自分たちが手に入れようとしていた道場を継いだ慶蔵を快く思っておらず、たびたび嫌がらせを繰り返していた。

 さらに、剣術道場の跡取り息子は恋雪に密かに思いを寄せていたようで、狛治との結婚を知って不満が爆発してしまう。他の門下生たちに焚き付けられたこともあり、素流道場の井戸に毒を混入。その水を飲んだ慶蔵と恋雪は、苦しみの果てに命を落とした。

 一度ならず、二度までも大切な人を守れなかった狛治の心は完全に壊れてしまう。剣術道場に報復に向かった狛治は、女中1人を残し67名を素手で惨殺。その凄惨な現場は「鬼が出た」と噂になり、それを聞きつけた無惨と遭遇するのである。

 12体の強い鬼を造ろうと目論んでいた無惨は、人間でありながら鬼のように暴虐な素質を持つ狛治に目を付ける。茫然自失だった狛治は無惨の提案を受け入れ、鬼となった。それ以降、彼は人間時代の記憶を失くし、ただひたすらに強さを求める鬼・猗窩座として生きることになるのである。

■猗窩座が下した最後の決断!守りたかった約束

 “至高の領域”を求め、強さを追い続けていた猗窩座は、無限城で炭治郎と義勇の2人を圧倒する。だが、戦いの中で炭治郎がかつて父・竈門炭十郎に伝え聞いていた“透き通る世界”を会得し、覚醒したことで戦況は大きく変わる。

 炭治郎の覚醒を感じ取った猗窩座は、大技である「破壊・殺終式青銀乱残光」を繰り出し、義勇もろとも炭治郎を始末しようとする。だが、その攻撃をくぐり抜けた炭治郎の「ヒノカミ神楽・斜陽転身」によって、ついに猗窩座は頸を斬られてしまうのだ。

 勝負はついたかと思われたが、猗窩座は頸を落とされてもなお崩壊しなかった。意識を失った炭治郎に攻撃を仕掛けようとする猗窩座だが、その手を引いたのが、亡き恋雪の幻影だった。

 記憶を失くしている猗窩座は、その女性が誰であるか分からなかったが、これをきっかけに人間時代の記憶が少しずつ蘇り、やがてある約束を思い出す。

 病状の安定した恋雪と念願の花火を見ていた時、「私と夫婦になってくれますか?」と尋ねる恋雪に「はい 俺は誰よりも強くなって 一生あなたを守ります」と、約束した狛治。

 鬼になり記憶を失くし、約束を忘れても「誰よりも強くなる」という想いだけは残り続け、彼を突き動かし続けていたのである。

 記憶を取り戻した猗窩座は、約束を守れず、大切な人を失ってしまった辛い過去に苛まれる。そして、やがて本当に殺したかったのは自分自身だと気づき、自ら死を選ぶのだった。

 

 最期は自分自身を攻撃し、死を選んだ猗窩座。その生涯を振り返ると、人間時代から大切な人を必死に守ろうとする優しい心を持っていたことがよく分かる。鬼になった後も恋雪を彷彿とさせる技を使用したり、慶蔵から受け継いだ素手の戦いにこだわったりと、愛する2人への思いが節々で感じられる。

 炭治郎に頸を斬られた時点で、自身の敗北を認めており、炭治郎の技を「正々堂々 見事な技だった」と反芻し、称賛した猗窩座。根っからの武道家だったからこそ敗北を潔く認めたこと、そして何より、愛する人々を守れなかったばかりか、慶蔵の大切な素流を汚してしまった自身を許せなかったことが、自死という結末に繋がったのだろう。

 ささやかな願いすら叶わない過酷な運命にあった猗窩座が、最期に愛する人と再会できたこと。それが彼にとって唯一の救いだったといえるかもしれない。

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