■信じるか、裏切るか──だまし討ちが生む緊張感
もちろん、フィールドにいるすべてのプレイヤーが善人というわけではない。「ドンシュー」のエモートを出して友好的な雰囲気を漂わせながら近づき、相手が油断した隙に背後から撃つような輩も存在する。
一緒に手ごわいARCを倒した直後、戦利品を漁っている最中に裏切られた経験を持つプレイヤーも少なくないだろう。
しかし、この「ドンシュー」という暗黙の了解の陰にある「だまし討ちの可能性」こそが、本作を複雑かつ深みのあるものにしている。
相手の「ドンシュー」を信じるか否か。武器をしまって友好を示すか、距離をとって様子を見るのか。無事に地上を脱出するまで気が抜けない心理戦は、他の脱出型シューターでは味わえない独特のスリルを生んでいる。
■武器をしまっても背中は見せられない──「PvPvE」の真髄
「ドンシュー」と言い合い、互いに武器をしまって敵意がないことを示しても、なぜか背中を見せられない。相手も同じ気持ちなのか、互いに遮蔽物の陰からちょこちょこ顔を出すだけで、どこに行くでもなく牽制状態が続くこともある。
この妙な緊張感が味わえるのも『ARC Raiders』ならでは。「おまえ、本当に撃たないよな?」「そっちこそ」──言葉にこそしないが、互いの視線と微妙な動きだけでそれが伝わってくるのが実におもしろい。
そんな膠着状態が長引くと、PvPvEの本領が発揮される。そう、いわゆるNPCのエネミー「ARC」の存在だ。ARCは我々の心理戦などお構いなしに、レイダーの存在を探知すると容赦なく襲ってくる。
必死に応戦するが、少しでもダメージを食らおうものなら、ここぞとばかりに不戦を約束したはずのプレイヤーが銃口を向けてくることもありうる。
「ドンシューって言ったじゃん!」と思わず叫びたくなるが、そこは非情なサバイバル。弱った獲物を逃す理由などない。PvPvEの世界では、隙を見せた者から狙われるのがさだめなのだ。
逆に、あなたが他のプレイヤーの物資を奪いたいと考えているとしよう。その場合は、周囲に他のプレイヤーがいないか、細心の注意を払わなければならない。それはなぜか……。
あなたが他プレイヤーに発砲した瞬間、それを目撃したすべての「平和主義者」から攻撃してもいい対象という大義名分を与えたことになるからだ。
暗黙の了解で成り立つ平穏を乱した異物は、温厚な「ドンシュー民」にとって共通の脅威であり、排除すべき対象となる。さっきまで「ドンシュー」と言いあい、和やかだった紳士たちが、ここぞとばかりに攻撃し、倒した相手を煽る光景から、人間の本質を垣間見ることができる。
撃つ側にも撃たれる側にもリスクが伴う。この絶妙なバランスこそが、本作独特の緊張感を支えているのだ。
Steamのレビューを見ると「対戦・協力・裏切り、すべてを体験できる」という声が多く、「安易なサバイバルシューターではない、ジャンルを再定義しうる傑作」などと絶賛されているが、この評価もうなずける。


