
21年という長きに渡り、田中邦衛さん演じる主人公・黒板五郎とその子どもたちの成長を描き続けた名作ドラマ『北の国から』(フジテレビ系)。北海道富良野市の大自然の中で綴られる、泥臭くも美しい人間模様は多くの視聴者の心を揺さぶり、ロケ地が観光名所になるほどの人気を博した。
シリーズではこれまでに1981年〜1982年のテレビドラマ全24話と、8本のスペシャルドラマが放送されている。
テレビドラマ版は東京から富良野・麓郷に移住することになったばかりで子どもたちもまだ幼く、いしだあゆみさん演じる母・令子との関係が描かれる場面もたびたびあった。スペシャル版ももちろん名シーンの宝庫だが、テレビドラマ版は母と遠く離れて暮らすことになった純と蛍の思いが繊細に描かれており、2人を演じる吉岡秀隆さんと中嶋朋子さんの姿に号泣させられるシーンも多い。
今回は、そんなテレビドラマで描かれた子どもたちの感動シーンを振り返ってみよう。
※本記事は作品の内容を含みます。
■父の気持ちを察して明るく振る舞う健気な子どもたち
麓郷で子どもたちを待っていたのは、電気もガスも水道もない原始的な暮らしだった。やがて五郎の努力で川から水を引くことに成功し、反抗していた純の心に五郎への信頼や尊敬が芽生えた9話。子どもたちの留守中に、突然東京に住む母・令子が尋ねてきた。
五郎は子どもたちに会いたいという令子に戸惑うも、今は会わせないという決断を下す。五郎からすると、せっかく築き始めた子どもたちとの絆が壊れてしまうかもしれない。令子もかわいそうだが、五郎の決断も切ないものだ。
一方の子どもたちはそんな話は一切知らされていないのだが、蛍はパジャマについたわずかな匂いから母が留守中の家を訪れていたことを察してしまう。
そして翌日、令子は車の中から隠れて子どもたちの生活を見守る中、蛍はその視線に気付きつつもいつも通りに過ごす。パジャマの匂いひとつで母を思い出すほどの子どもが、寂しさを微塵も見せずに耐える。後の物語を見るとなんとも蛍らしい行動ではあるものの、まだ幼い彼女の見せるその健気な姿に大人としては涙してしまう。
夕飯時、五郎はぽつりと昼間に令子が来ていたということを語ろうとする。だが、それを聞いて即座に、純が「風力発電ができたらテレビも見られるようになるのかな」と話題を変え、いつも以上に明るい表情を見せるのだ。蛍だけでなく、まったく気づかないそぶりを見せていた純もまた、母の気配を感じ取っていた。そして二人は、父のために「今は母のことに触れないほうがいい」と考えていたのだ。
母への恋しさも当然あっただろうに、責めることも問いただすこともなく、ただ雰囲気を変えようとしたのである。そんな父を気遣う姿はあまりに健気で、見ているものの胸を打つ。その成長ぶりに触れると同時に、優しさに目頭が熱くなるエピソードであった。
■母との別れ…蛍が見せた最後の愛情
黒板夫婦の別居の原因は母・令子の不倫にある。蛍は彼女が不倫相手といちゃついているところを五郎と一緒に目撃している。ゆえに、蛍は何も知らずに東京に帰りたいと言う純を時折複雑な思いで見ており、五郎に対しては「蛍は父さんと一緒にいるから」と懸命に支えていた。
とはいえ、蛍もまだ小学生。母がいない寂しさが心の中から消えることはない。17話では、そんな蛍と母の切ない別れが描かれる。
夏休みも間近なあるとき、令子が弁護士を連れて正式な離婚話をしにやってきた。弁護士からの提案は、令子の親権放棄、慰謝料なし、アパートなどの名義は令子にするというもの。五郎はすべて受け入れ、子どもたちと最後の別れをしたいという願いも聞き入れる。
翌日、子どもたちは久しぶりに母との時間を過ごすが、蛍は口をへの字に結び会話もしない。過去のことがあるため仕方がないのだが、純はそんな蛍に怒りを露わにしてしまう。葛藤するような蛍の表情が見ていて苦しくなるシーンだ。一方の純も、母から誘われれば東京にいくつもりだったが何も言われず、複雑な気持ちを抱く。
さらにその翌日、蛍は令子の見送りに行かなかった。しかし、汽車に乗った令子が沈痛な面持ちで窓の外を眺めていると、空知川沿いを走る蛍が目に飛び込んでくる。令子は身を乗り出し手を振って蛍の名を叫び、目にたくさん涙を浮かべて一生懸命に汽車を追う蛍の姿からは、離れ離れになる母への恋しさと寂しさが溢れていた。
帰宅した蛍は家を抜け出したことを五郎に追及されるが、無視して布団にくるまり、涙を流すのだった。きっと五郎は、母に会いに行ったことにうすうす気がついていたのだろう。親子の切ない思いが交差している様子がうかがえる。
別居以来、母への愛情と裏切られた悲しみで心を痛めていた蛍。その傷がわかるからこそ、自分の気持ちを開放したこの別れは涙腺崩壊必至の名シーンとなった。