■春は優勝したが、夏は決勝直前で完結『H2』
あだち氏の最高傑作の呼び声も高い『H2』は、他の作品と比べると甲子園の描写がかなり多い。プロ注目の怪物投手・国見比呂が率いる千川高校は、創部2年目の夏から甲子園に出場し、3年目春の選抜では優勝を果たしている。
比呂の最後の大会となる3年目の夏も甲子園に出場し、準決勝では親友にして恋敵の天才打者・橘英雄を擁する明和第一高校と対戦。雨宮ひかりの恋人の座をかけた真剣勝負は、比呂に軍配が上がった。ここまでが最終話の1話前までの展開だ。
気になる最終話では、なんと試合が描かれなかった。勝負に負けた英雄が比呂の真意を悟り、ひかりと結ばれるストーリーがメインで描かれており、比呂たち千川高校野球部のメンバーを乗せたバスが出発するシーンで『H2』は幕を閉じる。
千川高校が春夏連覇の偉業を達成できたかは謎のままだが、最終話のラストに気になるセリフがある。テレビのアナウンサーと思われる人物が「今日もまた暑くなりそうです」と言っているのだ。
比呂は、親友の英雄から“暑ければ暑いほど力を出す投手”といわれている。『H2』を締めくくるアナウンサーのひと言は、あだち氏から読者へ送る「比呂はちゃんと勝ったよ」というメッセージではないだろうか。
■160キロを投げるも甲子園の戦いは描かれず『クロスゲーム』
甲子園の肝心なところがなかなか描かれないあだち氏の野球漫画だが、2005年から2010年にかけて『週刊少年サンデー』で連載された『クロスゲーム』は、その最たるものだ。
主人公にして星秀学園高等部野球部エースの樹多村光は、3年目の夏に強豪・竜旺学院を下し、悲願の甲子園出場を決める。試合では150キロ超えのストレートを連発し、最終回には数字こそ出なかったが、推定160キロのストレートを投げてみせた。
“160キロを投げられる人が好き”と語る幼馴染・月島青葉の目の前で本当に160キロを投げ、かけがえのない告白とする演出は、本作のファンなら忘れられないだろう。
そして最終話「世界中で一番」で、甲子園へ向かう電車に乗る前に、寄り道をする光と青葉のエピソードで『クロスゲーム』は締めくくられる。そう、甲子園での試合はおろか、『タッチ』のように結果すら明かされず終わってしまったのだ。
甲子園でも類を見ない160キロ投手の光は、どんな活躍をしたのだろうか。野暮かもしれないが、やはり気になるところだ。
あだち氏の野球漫画を振り返って気づくのは、主人公とヒロインの恋に決着がついたら物語がすぐに終わることだ。『タッチ』や『クロスゲーム』では2人が結ばれ、『H2』では幼い日の初恋に終止符を打ち、いずれの作品もその次のエピソードが最終話となっている。
高校野球をテーマにしながら、ゴールは甲子園ではなく、大切な人とのワンシーン……その唯一無二の作風こそ、あだち充氏の真骨頂ではないだろうか。