『メガレンジャー』の頃までは会社で働いていた
──アニメや特撮はマニアが多いジャンルです。原作をアニメ化、実写化した場合は、賛否両論が飛び交うこともあります。そのような評価は気にされるものですか?
小林:まず自分が「面白い」と思えるようなものにして、現場の人にも「面白い」と思ってもらわないと成り立たないと考えています。映像化するにあたっても、テクニカルな面というのはとても大きくて、そのためにはたとえ原作ファンから何か言われようとも、必要がなければ有名なセリフでも落とします、シーンも落とします。作品の面白さを伝えるのが脚本家の仕事だと思っているので。ファンのためじゃなくて、原作のための脚本作りというところは、常に意識している部分ですね。ファンの方に作品を観ていただけたり、DVDやBlu-rayを買っていただけたりするのはもちろん、いろいろ言ってもらえるのも本当にありがたいです。ただ、そこの評価を気にして脚本も曲げるっていうのはしないですね。
──デビュー以来、30年以上第一線でご活躍されていますが、振り返ってみると、脚本家として自分の中で転機だったといえる出来事は何かありましたか?
小林:それは、会社をやめたことですかね。しばらくは二足のわらじでやっていたんですけど、思い切って会社を辞めたっていうのは大きかったかもしれないですね。
──それは何の作品に携わっていた頃ですか?
小林:『電磁戦隊メガレンジャー』(’97年)ですね。
──『特捜ロボ ジャンパーソン』から『電磁戦隊メガレンジャー』までが4年弱ですね。脚本家としてやっていけるという自信がついたということでしたか?
小林:“やっていける”とかではなかったですね(笑)。本当はデビューする前は、すぐに脚本家一本でやっていこうと思っていたんですが、いざデビューしてみると、そんな簡単なものではなかった。逆に、なんだか会社を辞めるのが怖くなってしまって。「生活はどうしていけばいいか?」「お金が入ってこなくなるかも?」と考えたんですね。やっぱり、毎月のお給料をもらっていたほうがいいので(笑)。
でも、『メガレンジャー』の時に何作か書かせてもらったのですが、会社で働いているとどうしても時間が制限されるんですよね。打ち合わせの時間も、皆さんに迷惑かけたりするので。それで、「もしダメになっても、何か他の仕事を見つければいいや」と思って、いよいよ会社を辞めたんです。


