
派手なKOシーンが魅力の、日本を代表するボクシング漫画『はじめの一歩』。しかし、幕之内一歩以外の試合では、判定にまでもつれ込むこともある。そうした試合ではなかなか結果が読めず、人間ドラマが描かれることも多い。
殴り合いだけではない巧みな読み合いや判定という結果への想いなど、ボクシングの魅力が詰まったのが判定決着の魅力だ。この記事では、そんな『はじめの一歩』の「まさかの結果を生んだ判定決着」を見ていこう。
※本記事には作品の内容を含みます
■一歩のライバル同士の名勝負!ヴォルグVS千堂
一歩にとって初のタイトルマッチとなった、日本フェザー級タイトルマッチの伊達英二戦。一歩は惜しくも敗北を喫し、伊達は世界への挑戦のためにベルトを返上した。そこで空位となった日本チャンピオンを決める「日本フェザー級王座決定戦」が行われることになる。奇しくもそれは、一歩に敗北した者同士の対決となった。
その組み合わせが、「ヴォルグ・ザンギエフVS千堂武士」。元アマチュアボクシングフェザー級世界チャンピオンのヴォルグ、日本屈指のハードパンチャーの千堂という戦いは、まさに最高峰の戦いとなった。しかし、その試合展開は真っ向勝負を信条とする千堂にとっては不本意なものとなっていく。
ハードパンチャーの千堂だが、ヴォルグのテクニックを前になかなかそのパンチを当てることができない。ヴォルグが優勢でありながらも、一発当たれば逆転できる千堂のパンチ力に警戒しながら慎重に試合は進んでいく。
アマチュアで頂点を獲ったヴォルグのテクニックは圧巻だが、千堂の野生の方が上回る。一瞬のスキを逃さず、隠し玉として温存していた「右のスマッシュ」を炸裂させ、ヴォルグからダウンを奪う。互いにダウンを奪われながらも、一歩も引かない熱戦は最終ラウンドにもつれ込んだ。
しかし、そこでヴォルグに暗雲が立ち込める。ヴォルグがスリップして倒れたときに、審判はまさかのダウンを宣告。千堂のパンチが倒れ際にかすっていたという判定だが、ヴォルグにとってこのダウンは大きかった。
その後は、ヴォルグの猛攻で千堂は瀕死にまで追い込まれるものの、なんとか判定まで倒れなかった。終始、千堂に対して優勢だったために、ヴォルグ陣営は勝利を確信。しかし、その結果は千堂の勝利という衝撃の判定だった。
地元判定という感じも否めないが、宮田一郎の「判定に文句をつけても後の祭りだ」という言葉の通り、千堂の勝利は動かない。この判定には千堂自身も納得していない様子だったが、その後、彼は無類の強さを誇るチャンピオンとなっていく。
この後すぐに日本を去ったヴォルグも、後に世界チャンピオンとなるなど、ともに世界屈指の選手として名を馳せていくことになる。疑惑の判定や外国人選手としての苦しさなども描かれた、名試合として語り継がれる一戦となった。
■泥試合でも名勝負に!青木VS今江
一歩の先輩としてコミカルに、そして時にはアツく接してくれる青木勝。彼はくせ者として変則的なボクシングを見せるためか過小評価されることも多い。しかし、そんな彼に千載一遇のチャンスが巡ってくる。日本の上位ランカーが引退や体調不良により軒並みいなくなり、日本ランキング1位にランクインしたのだった。そして、彼はついに日本タイトルマッチに挑むことになる。
ライト級の日本チャンピオンは青木とは正反対の、実直なボクシングスタイルで知られる今江克孝。この試合は青木の思惑通り、超変則的なものになっていく。
試合が始まると実直なスタイルの今江は、試合を優勢に進めていた。しかし、青木の変則的なボクシングに徐々にペースを乱され、青木の「よそ見」によって試合の流れが一気に傾いていく。
「よそ見」とは試合中に別の方向を不意に見て、相手の視線をそちらに誘導するという人間の本能に訴えかける危険な技だ。もちろんリスクも大きく、よそ見を誘えなければ相手から視線を外すだけになってしまう、極めて危険な行為である。
実際に一度青木はよそ見に失敗して、ダウンを喫している。その後青木らしい「泥試合」になっていき、両者が体力を使い果たしながら10ラウンドを終える。
試合展開は一進一退のもので、互いに死力を尽くしていた。しかし、その結果は「ドロー」。つまり、チャンピオン交代はなく、挑戦者の青木にとっては敗戦に等しい結末だった。「届かなかった……か」という青木の横顔は、くやしさと悲しさの滲むものだった。
青木の親友・木村達也の「欲しかったのは拍手なんかじゃない 拍手はいつか薄れちまう 消えちまう 手の中に残るモノが欲しかった」という言葉は、ボクシングの厳しさを表している。一歩とは違い、決して順風満帆ではない青木の人生を賭けた試合は、一見の価値ありである。