■表には出さなくても想いは伝わる「小山内美歩」

 続いてはもう一つの代表作と言っていい『H2』より小山内美歩、それに木根竜太郎のエピソードだ。この2人はあだち作品においては珍しい、主人公たちの恋愛模様からはみ出したもの同士のカップルだ。

 小山内は、木根や主人公・国見比呂が所属する千川高校のライバル校である、明和第一高校野球部のマネージャー。当初は明和第一の4番・橘英雄に思いを寄せており、英雄の彼女である雨宮ひかりを目の敵にし、2人の仲を引き裂くべく行動していた。

 もう一人のヒロインである古賀春華に想いを寄せる木根とは、比呂とひかりをくっつけるという点で思惑が一致し同盟を結ぶ。そして、ひょんなことから互いに恋人のフリをしたりするうちに仲が進展していき、ひねくれた性格のもの同士、本当にカップルとなるのだ。

 この2人の印象的な場面は、作中最後の夏の甲子園準々決勝だ。千川高校は明和第一との試合を準決勝に控え、比呂を温存するために木根を先発投手にするというリスキーな作戦を取った。木根は実は子どもの頃からの夢でもあった甲子園のマウンドに立ち、その様子を小山内はアルプススタンドから敵の偵察という名目で見守る。

 小山内は(比呂が投げないなら)「偵察する意味なかった」「ま、どうせ点取られたらすぐ交代するでしょ」などと興味のなさそうなポーズをとるが、手汗がびっしょりになっており、それをひかりに指摘される。

 大舞台で木根は熱投する。「とりあえず3回できれば5回できすぎの7回」で比呂の投球回数を少なくするのが目的だったが、気づけば「できすぎの7回」を越えて、完投勝利を収める。

 そんな木根を見て、小山内は「おかげで明日は元気いっぱいのエースが相手ですよ」とひかりに対してうそぶき、立ち去ろうとする。持ち前の性格に加え、ライバル校の勝利を素直に祝うことができない小山内。しかし言葉とは裏腹に、木根の努力を誰よりも認め、喜んでいるのが伝わってくるのだ。

 木根は小学校の頃から「甲子園で三振を連発」を夢見ていたが、それを叶えられるとは誰も信じていなかった。ただ唯一、亡くなった祖父だけが生前彼の言葉に耳を傾けており、それがこの試合でようやく実現し、それまでクールな表情を保ってマウンドに立ち続けた木根は勝利の瞬間に笑顔で涙を流した。

 多くの読者が号泣したであろう木根の大一番は、街の喫茶店のブラウン管テレビに映った彼のガッツポーズで締められるが、通りゆく人たちが誰もその画面を見ていないという演出が取られている。千川高校のエースは比呂で、木根は注目されていない選手。その分、緊張して一球一球を見守っていた小山内たちの姿が強調される構図だろう。新田由加と同じく、「ひねくれキャラ」だった彼女だからこそ、心に秘めたその素直な思いに感動させられてしまうのだ。

 主人公たちの恋愛模様、スポーツ描写などが見どころのあだち充氏の作品だが、主人公やヒロイン以外のキャラクターも魅力的だ。素直になれずひねくれたことを言う本当は優しい女子たち、ひょっとすると彼女たちはツンデレの先駆けなのかもしれない。

  1. 1
  2. 2
  3. 3