高橋留美子のダークサイド『人魚は笑わない』『人魚の森』『人魚の傷』怖くて悲しい…「人魚シリーズ」の辛すぎたエピソードの画像
画像はるーみっくわーるどすぺしゃる『人魚の森』(小学館)

 ギリシャ神話やアラビアンナイトなど、遥か昔から世界各国で語り継がれてきた人魚伝説。日本では人魚の肉を食べて不老長寿となった八百比丘尼伝説により、「人魚の肉=不老長寿」という、西洋とは違う広がり方をしている。

うる星やつら』『めぞん一刻』『らんま1/2』など多くの名作を生んだ漫画家・高橋留美子氏が1984年から不定期に発表していた『人魚』シリーズは、そんな「不老長寿」に翻弄される人々の残酷で切ない人生を綴った名作短編集だ。

 主人公は、500年前に人魚の肉を食べた漁師の湧太。人魚の肉は人間の体を作り変える猛毒で、適合しない場合は死ぬか「なりそこない」と呼ばれる化け物になってしまう危険なものだった。肉を口にした仲間が死ぬ中一人適合し不老長寿となった湧太は、老衰で死にたいと願い、人に戻る方法を知るべく人魚探しの旅にでる。

 湧太が長い旅の中で出会った人々の悲しい物語が描かれる髙橋氏の『人魚』シリーズ。その中から今回は、特に切なさの残る作品を振り返りたい。

■まずはここから!不老長寿の少女・真魚との出会い『人魚は笑わない』

 1作目となる『人魚は笑わない』は、シリーズの導入的な作品だ。作中、チェッカーズが流れているため、時代は80年〜90年代だろうか。ある時山奥の野摺崎を訪れた湧太は、老婆たちにいきなり刺され人魚の里に連行される。そして里の館で、足枷をされた少女・真魚と出会う。

 息を吹き返した湧太に、里の老婆は衝撃的な事実を語る。曰く、人魚は人魚の肉を食べて不老長寿になった人間を食べることでその人間と同じ顔になり若返る。人魚たちは数十年に一度人間の赤子をさらって美しい娘になるまで育て、不老長寿にして食べていたと。

 真魚も食糧として育てられており、村で一番長く生きた人魚・鮎の肉を食べさせられて不老長寿となり、さらに「人間に戻る方法はない」という事実も知ってしまう。500年も探し求めた答えがこれだなんて、自分だったらどんなに絶望するだろうか。

 だが湧太は真魚を館から連れ出し、知性を失った海の人魚たちから命懸けで彼女を守った。二人を追ってきた老婆は海に戻った人魚たちを見て、「人魚とともに… なんの楽しみも… 笑うことも悲しむこともなく… ただ生きるしか… わしはこいつらとここにいる… 朽ち果てるまで…」と涙をこぼす。実はこの老婆も、不老長寿となった人間だったのだ。

 湧太は「人生たまにゃ楽しいこともあるもんだぜ。あきるまで生きてみるってのも、悪くはねえよなあ」と言い、真魚と共に終わりを探す長い旅にでた。前を向く湧太に対して、孤独の中で生きることを選んだ老婆。不老長寿がもたらす地獄と、生きる意味を考えさせられるエピソードだ。

■若さへの執着が生んだ姉妹の悲劇『人魚の森』

『人魚の森』では二人の深まる絆と、人魚の肉によって数奇な運命を辿った姉妹の物語が描かれる。

 真魚にとって、世界は刺激で満ち溢れていた。そんな折、猫を追ってトラックにはねられてしまう。医者の策略で、心肺停止の真魚は登和と佐和という双子が住む神無木家に運び込まれる。目的は、人魚の生き血の副作用で、半分“なりそこない”になった登和の腕を付け替えることだった。『人魚の森』に登場する“なりそこない”とは、人魚の肉を食べた人間が急激な身体の変化に耐えられず、半魚人のような生き物のこと。登和は生き血を口にしたせいで、右腕だけが異形に変化してしまったのだった。

 湧太は神無木家を訪れるも、“なりそこない”になった犬に襲われ捕まってしまう。不老長寿とはいえ痛みはあるわけで、毎回死にかける湧太はちょっと可哀想だ。

 佐和はそんな湧太を助け、60年前に人魚塚の秘密を受け継いだ自分が、病気の登和を救いたい一心で人魚の生き血を飲ませたと明かした。だが、この話には闇が隠されていた。

 当時の佐和は、人魚を口にした者の末路を知っていたのである。それでも飲ませたのは、効き目を確かめたいという邪心だった。実験台にされた事実と、「私が人魚塚を継いだら、まっ先に人魚の肉を食べてしまう。だって いつまでも若く美しいなんて、素晴らしいじゃないの」という佐和の過去の言葉を思い出した登和は、恨みを募らせた。

 真魚たちを使って人魚塚の場所を突き止め人魚の肉を手に入れた登和は、冷酷な目で「さあ食べてよ……あなたに食べてほしくて探し続けた」と佐和に恨みをぶつける。

 だが、佐和は食べる前に心臓麻痺で死んでしまう。勝ち逃げのような最期に、登和は「ずるい人」と涙を流し、燃え盛る人魚塚の中で自ら命を落とした。

 生き血の副作用に苦しみ隔離されてきた登和と、結婚・出産という経験をして人間らしく歳を取った佐和。登和の辛さと憎しみを思うと、胸が痛くなってしまう。どんな姿になっても登和を愛していた許嫁の医者・椎名と向き合えたら違っていたのだろうか……。

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