■自分の母親役を作り続けた800歳の少年『人魚の傷』

 旅の中で、いくつもの人魚絡みの血生臭い出来事を乗り越えていく湧太と真魚。二人は電車の中で、母親に会いに来たという男児・真人と出会う。『人魚の傷』は、この真人の物語だ。

 2年後、湧太は家政婦に連れられた真人と再会し、数年前に事故で大火傷を負って死んだはずの彼の母が傷一つない状態で生き返ったというきな臭い噂を耳にする。人魚絡みを悟った湧太らが家を訪ねると、母親が真人に「人魚の肉をどこに隠した」と刃物を振り下ろしているところだった。

 だが後日、物語は急展開を迎える。悲劇の子と思われていた真人が、退職する家政婦に人魚の肉を食べさせてなりそこないにしたのだ。そして、止めに入った湧太に瀕死状態の母親が「真人に騙されるな。私があいつと初めて会ったのは東京大空襲の翌日だった」と驚愕の事実を明かす。

 実は、真人こそが800年の時を生きる不老長寿だった。子供ゆえ一人で生きられない彼は、戦争で家族を失った美沙を不老長寿にしたように、自分の母親役として多くの女性を不老長寿にし使い捨ててきたのだ。

 死が近い母親役の代わりとして真魚に狙いを定めた真人は、湧太を消そうと命を狙う。しかし、必死に湧太を守る真魚を見ると彼女を諦め「生きてたらまた会おうぜ」と旅立っていくのだった。その後、運転する車がトラックとぶつかって生死不明となったが、彼はどうなったのだろうか。

 真人の行動は、間違いなく残酷だ。だが、母親役が死んだ時には涙を拭っており、彼女への愛着も匂わせている。「おれたちみたいのがいちいち人を好きになってちゃ、たまらねえじゃねえか……」と湧太にこぼす姿からも、800年孤独に生きてきた彼の寂しさが伝わりやるせない気持ちになってしまう。

 この他にも、『人魚』シリーズは名作ばかり。読み切りながらこの内容が濃く、しかも、これらを『うる星やつら』や『らんま1/2』の連載中に描いていたのだから、今の若いファンが知ると驚くのではないだろうか。1994年以降発表されていないが、続編を待ち続けるファンは多いだろう。

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