■過酷な環境で驚きの変貌を遂げたゲロ道

 化け物とは少し形態が違うが、想像を絶する変化を遂げた人物としてボクシング漫画『はじめの一歩』に登場した“ゲロ道”こと山田直道も振り返りたい。

 一歩にとっては初めての後輩だった山田。中肉中背という、ボクサーとしては不安がある体型なうえいじめられっ子で気弱なタイプだが、憧れの一歩に追いつくために過酷な練習に耐える努力家でもある。

 ゲロ道などという不名誉なあだ名はついたが、一歩らとの関わりを通じてタフになっていく様は見ごたえがあった。しかし、山田はライセンス取得後に実家の引っ越しが決まり、鴨川ジムを出てしまう。 

 2年後、フェザー級チャンピオンとなった一歩。2度目の防衛戦の相手として立ちふさがったのが、ハンマー・ナオこと山田直道だった。

 眉を剃り上げ、目は鋭く窪み、頭はスキンヘッドに、絞られた体とかつての山田からは想像もつかない容貌になった彼を見て一歩は衝撃を受けていたが、読者も全く同じ反応をしていただろう。

 一歩に挑むことは、山田にとって恐怖であり喜びであり、ボクサー人生の全て。八戸拳闘会に移籍した彼は、咬ませ犬ではあれど実績を積み上げてきた。一歩は最初本気で向き合えずにいたが、自分を慕う山田に敬意と感謝を示し全力で戦うことを決意する。

 2ラウンドKOという圧倒的な結果ではあれど、反則技まで使い、立ち上がれないほどボロボロになっても、「どうなろうが本望だ。これが自分にとっての世界タイトルマッチなのだから」と己を奮い立たせる彼の勇姿は、今思い出しても目頭が熱くなってしまう。

 そして会場から湧き上がるハンマーコール、震えながら祈る母親の姿もまた、読者の心を昂らせるのである。彼が見せた全力の戦いは感動の涙をもたらし、努力・尊敬・友情の素晴らしさを我々読者に示してくれた。

「かつての友が今は敵」。少年漫画において、こういった展開はセオリーの一つだろう。戦いが進めば、いずれはどちらかが悲しい最期を遂げることになる。しかし、相手を想うからこそ感情をさらけ出し全力で向き合う彼らの姿に、読者は惹き込まれてしまうのだ。

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