1980年代から1990年代は、少女漫画の黄金期と言える時代だった。『なかよし』『りぼん』『ちゃお』といった人気雑誌で今でも語り継がれるような名作が数多く生まれたが、胸キュンな恋愛物語が多い中、ひと際異彩を放っていたのがホラー漫画である。
70年代は空前のオカルトブーム、80年代はホラーブームに湧いていた日本。少女漫画界も例外ではなく、人気雑誌に掲載されていた数々のホラー作品は当時の子どもたちに恐怖心を与えた。今回は、80〜90年代の少女達を震え上がらせた作品の中でも、オカルト的な怖さだけでなくサスペンス要素の強かった作品と作者を振り返ってみようと思う。
■ウイルスに侵された姉妹の運命を描くサスペンスホラー篠原千絵『海の闇、月の影』
まずは、1987年から『週刊少女コミック』で連載された篠原千絵さんによる『海の闇、月の影』から。
繊細なタッチの美しい絵柄と、ホラー×ミステリー×サスペンス×恋愛の要素が絶妙にマッチしていた同作は、当時ヒットしたホラー漫画の中でも人気が高かった。篠原さん自身も、2018年に公開された「コミックナタリー」でのインタビューで「自分的に一番上手に描けたと思うのが 『海の闇、月の影』」と語っている。
同作はガチガチのホラーではなく、サイコサスペンスの色が強い大人向けの物語。主人公は、一卵性双生児の小早川流風と流水だ。二人は、たまたま入った古墳の中で未知のウイルスに侵される。姉の流水はウイルスの影響で、自身の中の惨忍性が抑えきれなくなってしまう。
さらに体が浮いたり人をコントロールできたりという超能力も開花した流水は、流風と結ばれてしまった想い人・当麻克之を手に入れるために邪魔者を次々と殺し、当麻に選ばれた妹に悲しみと憎悪の全てを向けるサイコキラーになっていく……といったあらすじだ。
この流水の悪魔のような表情と冷酷で残虐な殺戮行為の数々が、背筋が凍るほどに怖いのである。絵が美しいからこそ、余計に彼女の恐ろしさが引き立てられていたように思う。
しかし、本来の流水は優しくて妹想いの姉。ウイルスによって、愛する人への一途な想いが狂気に変わっていく流水の姿は、どこまでも切なかった。読み進めていくうちに、流水の苦しみが伝わり胸が締め付けられたという読者も多いのではないか。
篠原さんは、同時期に『ちゃお』でも『陵子の心霊事件簿』を連載している。こちらは霊能力少女・翠川陵子と白猫に憑依した日下部拓が、次々に起こる霊障を解決していくという少女向けホラー漫画だ。
■様々な死の形をオムニバスで描く松本洋子『闇は集う』
『なかよし』で活躍していたホラー漫画家の代表格といえば松本洋子さんだろう。『にんじん大好き!』をはじめ、松本さんの描くホラーは多くの子どもにトラウマを植え付けた。
短編作品を描くことが多かったが、1994年から『なかよし』で連載していた『闇は集う』は、1999年まで続く長編となった。単行本は8巻出ており、その後同名の続編ではないが、別冊の付録『闇は集う 夜に消える翼』の出版で完結のような形になっている。
『闇は集う』はオムニバス形式のホラー漫画だ。物語のベースは生と死の狭間にある部屋にいる番人が、未練を残して死んだ魂から命を落とした理由と経緯を聞き、生に戻るか死に進むかを裁いていくというもの。
毎回主人公が変わるだけでなく、成仏エンド、生き返って人生をやり直すエンドと様々な終わり方があり、一話完結なのでどこから目を通しても比較的読みやすくなっている。
怖さに重点を置いたエピソードもあったが、読んだ後に悲しさや切なさが残るようなエピソードなどもあった。
たとえば、夫婦仲が悪い両親の元で育つ幼稚園児・長尾香住を主人公とした「最後の晩餐」。W不倫中で離婚間近な夫婦と孤独感を抱える娘の苦しくなるような関係性など、ヒトコワ的要素も満載であった。
ちなみに、最終巻となった別冊の付録『夜に消える翼』は現在、手に入れることが難しいレアアイテムとなっている。もし見かけることがあったら、手に取ってみてはいかがだろうか。