■「チビちゃん」冷酷無比な社長は紫のバラの人?
最後も『花とゆめ』の連載作より、1975年から連載されている美内すずえ氏の『ガラスの仮面』から、ヒロイン・北島マヤを陰ながら見守る「紫のバラの人」こと速水真澄を取り上げたい。
演劇を題材とした作品だが、役になりきるためヒロインたちが過激な特訓をすることから「演劇のスポ根マンガ」とも称される本作。速水は冷酷無比な大都芸能社長(※最初は令息)として登場したキャラで、月影千草から「紅天女」の上演権を奪うために嫌がらせを仕掛けたりイヤミな言動ばかりを繰り返し、マヤから嫌われてしまう。
だが、彼女の演劇への情熱とひたむきな姿を見ているうちに改心。義父への復讐心で感情を押し殺していた自分とは真逆なマヤに惹かれ、速水は「紫のバラの人」として陰ながら応援するようになる。
しかしそんな彼の思いとは裏腹に、速水のせいでマヤの母親が亡くなってしまうという事件が起こる。自責の念に駆られた速水はその後も辛い憎まれ役を買いながらマヤを支えつづけ、そんな彼の一途な姿に女性読者は「キュン」としっぱなしだった。
一方、マヤも「紫のバラの人」の正体に気づき、急速に速水を意識するようになるものの恋は素直には実らず。彼には鷹通グループの令嬢・紫織との結婚が決まっており、さらに「チビちゃん」と呼んでいたマヤが少女から女性へと成長した事実を第三者に指摘されるまで気付かなかったうっかりぶり。自身の恋心に気付き恐る恐る行動に移したマヤに比べ、踏みとどまってしまう速水に筆者は「ややこしくなるからハッキリさせてー!」と叫ばずにはいられなかった。
『ベルサイユのばら』でオスカルはアントワネットの恋人フェルゼンを好きになり、『王家の紋章』のキャロルは古代エジプト王・メンフィスを愛し何度も命の危険にさらされた。日本の古典文学『源氏物語』を漫画にした『あさきゆめみし』の女性たちを見ても、美しく才能や家柄もすぐれた光源氏を愛したことでかなりの確率で不幸になっている。
困難なのがわかっていながら好きになってしまう、ヒロインたちにそう思わせる彼らの魅力こそが読者が夢中になる理由かもしれない。