2015年に発表され、そのショッキングで謎めいたタイトルと切ないストーリーが大きな注目を集めた、住野よるのベストセラー小説『君の膵臓をたべたい』。2016年「本屋大賞」第2位をはじめとする多くのランキングで上位に入り、実写映画化などメディアミックスもされてきた本作が、2022年12月10日・11日に朗読劇として上演された。その夜公演(出演:岡本信彦、直田姫奈、古賀葵、伊東健人)の模様をレポートする。
■ドラマチックな展開をガイドする伊東健人の巧みさ
主人公の「僕」は周囲との関わりを必要とせず、小説を読んで日々を過ごしている高校生。しかしある日、クラスの人気者である桜良の日記「共病文庫」を拾い、彼女が膵臓の病気で余命わずかと知ってしまう。親友の恭子にも病気を隠している桜良にとって、家族以外で唯一秘密を共有する相手となった「僕」は、彼女の「死ぬまでにやりたいこと」に付き合わされるように。そして正反対の二人は、お互いに心を通わせながら成長していく。
4役すべてがWキャストという贅沢な企画となった今回の公演。10日夜公演に出演したのは、岡本信彦(「僕」役)、直田姫奈(桜良役)、古賀葵(恭子役)、伊東健人(「ガムの彼」役)という組み合わせの4人だった(昼公演は島﨑信長、悠木碧、原紗友里、中島ヨシキが出演)。それぞれのキャラクターの個性が際立っていた昼公演に比べ、夜公演の4人はチームの一体感が特徴的。観客が滑らかに物語に入り込み、自然に「僕」の感情に共感していける公演という印象を受けた。
この丁寧な物語運びを支えていたのはやはり、地の文を担当していた伊東健人の穏やかな語りだろう。伊東の本役は「僕」に話し掛けてくるクラスメイト「ガムの彼」だが、語りも担当している。原作小説は「僕」の一人称なので、「僕」の思考を伊東が、「僕」の言葉(セリフ)を岡本が語る形だ。いわば二人三脚で「僕」を演じており、感情豊かな岡本のセリフに寄り添う伊東の語りが、観客の想像力を丁寧にサポートしていた。
また「ガムの彼」に加えて、伊東は桜良の元彼氏である学級委員も担当。嫉妬から激昂した学級委員と、それをぶつけられながら冷静な「僕」。真逆の心理を行き来しながら演じる伊東の巧みさに舌を巻いた。
■直田姫奈が演じる“普通さ”による共感と感動
ヒロインの親友・恭子役の古賀葵も、本役以外にも複数の役を担当。要所要所でくっきりとキャラクターを描き、滑らかな流れにアクセントを与えていた。特に印象的だったのは、「僕」と言葉を交わす彼女の母親役の演技だ。我が子の人生を充実させてくれた「僕」への感謝や、打ちひしがれる年少者への慈しみが溢れる涙声。何より、彼女の「子どもは泣くものよ」というセリフの優しさは、じんと胸を打った。
また彼女が演じる恭子は、感情豊かで明るい女の子で、直田が演じる桜良とは“似た者同士な親友”という印象だ。この二人なら逆の立場になったとしても、きっと相手と同じ行動を取るのだろう。そんな想像が膨らむ関係性だった。
直田姫奈が演じたヒロイン・桜良は軽やかで明るく、残り少ない日々を笑って過ごすことを大事にしている少女。奔放な行動を見せるが、「僕」を振り回そうという気持ちよりも、自分の人生をまっすぐに楽しみ抜こうとしている印象を受けた。溌溂としたキュートさが輝いているからこそ、時折その明るい声がかすかに上滑りしたり、言葉がわずかに震えたりするだけで、彼女が片時も病魔の存在から目をそらせずにいることが伝わってくる。それもまた、リアルな人間の姿ではないだろうか。
桜良の弱さや人間味が特に現れていたのは、「僕」と何度か行う「真実か挑戦」ゲームのくだりだ。軽口を叩いて笑い転げていた彼女が、「本当は死ぬのがめちゃくちゃ怖いって言ったら、どうする?」と言ったときの、静けさ。病院で最後の「真実か挑戦」ゲームを持ち掛けたときの、少しではあるが確かなぎこちなさ。その普通さが心を強く揺さぶる、そんな芝居だった。
■本気で向き合った岡本信彦の声は心を掴んで離さない
そして強く観客の胸を打ったのは、岡本信彦が描き出した「僕」の感情だろう。岡本の芝居は、このタイトルに込められた真意、その言葉が生まれるまでの関係性と心の動きを、ドラマチックに届けてくれた。そもそも冒頭から岡本の演じる「僕」は感情豊かで、目元を前髪で隠しながらも視線は相手へ向いている。現実世界では無口だが、小説の世界は生き生きと楽しんでいる、そんな人物像が伝わってきた。だからこそ無関心を装いながら、桜良の病気を気にせずにはいられないし、彼女の一挙一動に反応してしまう。そうやって振り回される「僕」の感情が、人々をぐっと作品世界に引き込んでいた。
情感豊かな岡本の芝居の真骨頂を感じたのは、二人がこのタイトルの言葉に辿り着き、その言葉の行く末を確かめたくだりだ。読み進めるうちに岡本の声は徐々に小さく、かすれていき、そして激しい慟哭となる。子どもみたいに全身全霊で泣きじゃくる声は、まるで嵐のように会場中を「僕」の嘆きに巻き込み、多くの観客が共に涙を流していた。またそれ以外のシーンでも、「僕」が桜良へと本気で向き合い、大事な言葉を告げるときの岡本の声は、聴く者の心を掴んで離さない。岡本信彦という声優の魅力を、あらためて思い知らされた。
高校生たちが己のあり方と「生」にまっすぐ向き合い、大切な相手と心を通わせ合う。この美しい物語を、岡本・直田・古賀・伊東の4人は、リアルかつエモーショナルに届けてくれた。生身の人間が生み出す感情をダイレクトに受け取りながら、自身の想像力を自由に羽ばたかせられる豊かさは、朗読劇ならでは。そんな王道の朗読劇の魅力をたっぷり味わえる2時間だった。
朗読劇『君の膵臓をたべたい』は、12月11日(日)の昼公演(岡本信彦、直田姫奈、古賀葵、伊東健人)・夜公演(島﨑信長、悠木碧、原紗友里、中島ヨシキ)が、ローチケLIVE STREAMING にてアーカイブ配信中(12月14日(水)23時59分まで)。
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《公演概要》
朗読劇『君の膵臓をたべたい』
【チケット情報】
12月11日(日)の2公演がローチケLIVE STREAMING にてアーカイブ配信中!
配信日時:12月11日(土)12:30公演/17:00公演
※各公演3日間のアーカイブ配信あり
※11日は昼公演が岡本主演回、夜公演が島﨑主演回となります。
配信販売期間:2022年11月28日(月)12:00~12月14日(水)21:00
配信チケット販売ページ:https://l-tike.zaiko.io/e/kimisui-reading
【公演日時】
12月10日(土) <昼の部>12:30開演 <夜の部>18:30
12月11日(日) <昼の部>12:30開演 <夜の部>17:00
【会場】
ニッショーホール(東京都港区東新橋1-1-19ヤクルト本社ビル)
【出演者】
<12月10日・昼公演>島﨑信長 悠木 碧 原紗友里 中島ヨシキ
<12月10日・夜公演>岡本信彦 直田姫奈 古賀 葵 伊東健人
<12月11日・昼公演>岡本信彦 直田姫奈 古賀 葵 伊東健人
<12月11日・夜公演>島﨑信長 悠木 碧 原紗友里 中島ヨシキ
【スタッフ】
原作:住野よる「君の膵臓をたべたい」(双葉社刊)
脚本・演出:保科由里子
音楽:阿部篤志
照明:加島茜
映像:垣内宏太
音響:小川陽平
衣裳:ゴウダアツコ
演出助手:大下沙織
舞台監督:今井東彦 渡辺隆
宣伝美術:古谷哲史
制作:MAパブリッシング
主催:朗読劇『君の膵臓をたべたい』製作委員会
【朗読劇「君の膵臓をたべたい」公式サイト】https://www.kimisui-reading.com/
【朗読劇「君の膵臓をたべたい」Twitterアカウント】@kimisui_reading
©朗読劇『君の膵臓をたべたい』製作委員会