■双子の姉妹による60年に渡る愛憎劇「人魚シリーズ」から『人魚の森』

 続いて紹介する「人魚シリーズ」は、1984年より単発で発表されている“人魚”と“不老不死”、この2つを題材とした同一シリーズの総称である。「人魚の肉」を食べたことで不老不死となった主人公・湧太(ゆうた)と真魚(まな)の二人が旅を続けながら、人魚と関わったことで人生を大きく変えられてしまった人間の悲しみや愚かさを知る物語だ。

 この「人魚シリーズ」は二人が出会った『人魚は笑わない』、戦国時代の湧太の活躍を描いた『闘魚の里』など9タイトルが発表されているのだが、今回はシリーズの総称としても使用されることの多い『人魚の森』にスポットをあててみたいと思う。海に棲むはずの人魚がなぜ森にいるのか? どんな姿になっても生きる「不老不死」の意味が、このタイトルに隠されているのかもしれない。

 湧太との旅の途中で事故に遭った真魚だが、椎名という医師の手配で神無木(かんなぎ)家に運ばれ右腕を切断されかける。この家には佐和という老女と白髪の登和という美しい少女が暮らしていたのだが、実はこの二人は双子の姉妹であった。佐和は若い頃に永遠の美貌を求めていたため、不治の病に侵されていた姉・登和に「人魚の血」を飲ませ人体実験をおこなってしまう。一方の登和は“不老”の存在となるものの、人魚の血による激しい苦しみで白髪となったうえ、右手だけが異形の醜い「なりそこない」と化してしまった。

 そのため、人魚の血の副作用を知った佐和は不老を諦め、異形の姿となった登和は父親が死ぬまで長年座敷牢に閉じ込められていたのだ。そんな登和の右手を治すため、椎名は若い女性の死体から切り取った右手を定期的にすげ変えていたのである。

 猛毒であることを知りながら双子の姉に「人魚の血」を飲ませた佐和の自己愛も恐ろしいが、普通の人生を奪われた登和の絶望と復讐がさらに恐ろしい。婚約者であった椎名が最後にポツリとこぼすセリフに、登和の真意が凝縮されているのだろう。

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