「私、普通の奥さんじゃなくてごめんね」

野村道子 ©映画「その声のあなたへ」製作委員会

――賢太郎さんは、お父様に何か怒られたこと、褒められたことはありますか。

 

内海 父は忙しかったので、あまりエピソードというのはないんです。でも、子どもの頃、祖母の財布から300円盗んだときはめちゃくちゃ怒られました。もうラオウの声で怒鳴るわけで、本気で怖かったですし、玄関の外に出されて帰ってくるなと言われましたね(笑)。あまりガミガミ怒鳴るタイプではなかったんです。ほかに覚えているのは僕が小学校低学年の頃、送り迎えをしてもらっていたときのこと。僕は電車で小学校に通っていたのですが、父がママチャリで駅まで送ってくれて、背中越しにいろんなことを話したんです。その行きの道すがら、商店街を通るのですが、本屋やパン屋、新聞屋などがあって、父が「賢太郎をよろしくな!」っていろんなお店の人に言いながら走っていく(笑)。放課後、僕は歩いて帰ってくるんですが、商店街の方々がみんな、「賢ちゃん、お帰り!」って言ってくれる。大人になってからわかったことですが、ちゃんと子どもを安全に帰宅させるためにそういうことをしてくれたのかなとも思うんです。そして、僕としては、なかなか父と話す機会がなかったこともあり、たった数分でも一緒にいられた毎朝の時間はかけがえのないものになってます。

 

――内海賢二さんと野村道子さんの、病床でのお二人のやりとりも語られますね。

 

内海 母が病床の父に「私、普通の奥さんじゃなくてごめんね」と言ったんですよね。それに対して、意識がほぼない状態だった父が「誰がそんなことを言ったんだ」と言ったんです。そのやりとりは、僕も病室で聞いていて泣けてきましたね。

 

――本当に「ある家族の映画」としても観る者の心を揺さぶる作品だと思います。

 

榊原監督 ありがとうございます。確かに僕も撮影中、賢太郎さんから聞いたお話を、自分の家族に置き換えたり、日常に照らし合わせたりして考える瞬間もありました。なんとなく、自分と父親とのエピソードを思い出したりもしたのですが、賢太郎さんがさっき仰ったように、正直自分の父親のことってあんまり知らないですよね。だから、この映画が何か家族の関係を見つめ直してもらえるものになったら嬉しいなと、思います。

 

――撮っていかれる中でそのような形になっていったところもある、と。

 

榊原監督 本作の編集中にこれは「家族の映画」なんだと気づいていったところがあります。最初に考えていた部分とは、また別の魅力が映画の中に宿っているのを、感想を伺う中で目の当たりにして、おもしろく感じています。

 

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