徳井青空
徳井青空
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 またひとつ、妄想が現実に一歩近づいた感じがしている。

ソードアート・オンライン』や『レディ・プレイヤー1』などに登場する仮想世界。いわゆるメタバースだ。みなさんが始めて意識したのはいつだったろうか?

 私は2003年に『セカンドライフ』というオンライン上に3DCGで出来た仮想世界のリリースで初めて知った。現実の自分が操作する、もう1人の自分。仮想世界で出逢う人もまた、どこかで誰かが操作しているのだ。現実の自分はただの学生だけれども、セカンドライフでなら新しい自分として何か出来るかもしれない。現実の徳井は運動音痴だけれども、セカンドライフでのスポーツがコマンド入力によるものならばスポーツ選手になれる可能性もゼロではないのだ。なんとなく人生がやり直せるような気がして、すごく興味を持った覚えがある。

 当時、大好きな『こち亀』でもセカンドライフ内で両さんが大成功し大儲けするエピソードがあったし、実在する企業もセカンドライフへの進出をアピールしていた。結局私はセカンドライフを始めることはなかったが、「自分のアバターを作ってその世界での生活を充実させる」という体験はみなさんにもあるだろう。

 あれから17年。現実の世界、そして『セカンドライフ』はどうなったのか?

 最近ではメールでのやりとりとSNSでのやりとりの違いをあまり気にする人もいないような気がするが、ポストペットが一生懸命メールを運んでくれていたことを思いだすとやはり私としてはEメールとSNSのメッセージとでは大きく違いがあるように感じる。

 まず、当たり前だがEメールはアドレスを知っている人じゃないと送ることができない。そのアドレスを知る方法は、現実で「アドレスを教えて」と直接交渉する必要があるのだ。なんとアナログな開始点……! アドレスが分かれば連絡がとれ、分からなければ連絡は出来ない。携帯電話を機種変更してメールアドレスが分からなくなってそのまま音信不通、なんてことも以前はよくあった。

「メールアドレス変更しました!登録お願いします!」という定型文ももう数年見ていない。つまりEメールは、現実での人と人との「出会い」があって、その先に、「連絡」の手段として存在しているように思えるのだ。その名の通り、電子メール、手紙をただ高速で送っているに過ぎない。

 ではSNSはどうだろうか?

 SNSでは実際に会ったことがない人と簡単につながることができる。検索して、興味のある人を選び、メッセージを送ることができるのだ。出会う人を選ぶことが出来るなんて、まるでゲームだ。Eメールとは違って、「連絡」をすることで「出会う」ことができる。やっていることは同じに見えてもここが大きく違うと私は感じる。とはいえ、ソーシャルネットワークというだけあって、SNSは道具ではなく「社会」として存在している。道具と社会では、使い方つきあい方が変わってくはずだと私は考える。

 たとえば、オフラインのゲームをしていてゲームの街の住民に攻撃を加えたり、住民の家の前に物を置いて入り口を塞いだりという不毛ないたずらをしたことはないだろうか? 私は……ある! だからといってゲームの進行には何も影響はなく、こちらとしても「なんとなくやった」というだけに過ぎない。ゲームの住民はプログラムされたセリフを繰り返すだけで、私の無意味ないたずらに怒るどころか気づいてすらいないように見える。

 だが現実世界において、自分の家の前に突然ゴミ袋が置かれて塞がれていたらどうする? 「なぜ!」と思うし「通報しないと」と考えるだろう。犯人が「なんとなくやった」としても、これは事件や問題として世間は受け止めるだろう。

 それと同じく、前述の通りSNSは道具ではなく「社会」。よってSNSでの誹謗中傷は、現実世界で家の塀に悪口を書くことと同じ「社会」で起こる。実際の出来事だと認識している人が少ないのではないかと思う。だからバレないだろうとSNSで危険な発言をしている人もいるが、SNSはゲームではない。オンラインのネット上の社会。通報されるのも意外なことではない。

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