車田正美先生の代表作『聖闘士星矢』(1985年連載開始)は、多くのファンを魅了したバトル漫画です。そして1986年からはテレビアニメの放送も開始され、2026年10月でアニメ開始から40周年の節目を迎えました。
このアニメ化も大成功し、約3年間の放送で平均視聴率11%を記録。裏番組が『全日本プロレス中継』(日本テレビ系)や『まんが日本昔ばなし』(TBS系)という人気番組だったことを考えると、驚異的な数字といえるでしょう。
この人気をけん引したのが、「聖域十二宮編」に伴う「十二星座ブーム」でした。星矢たちの前に立ちはだかる「黄金聖闘士(ゴールドセイント)」の絶望的な強さと美しさは多くのファンを魅了しました。そして自分の星座を冠するキャラの活躍を、昭和キッズは一喜一憂しながら見守ったのです。
そんな黄金聖闘士の中には、アテナ(城戸沙織)に反逆するかたちになり、ファンから「謀叛組」などと呼ばれた存在もいました。もちろん彼らは単なる「悪役」ではなく、己の「力」「美学」「信念」を極限まで貫いたからこそ、今もなお色あせない輝きを放ち続けています。
そこで今回は、ヴィランに見られながらも圧倒的な存在感を示した黄金聖闘士たちを振り返りたいと思います。
※本記事には、作品の核心部分の内容も含みます。
■「力こそ正義!」連載時に強烈な個性を示した最凶の男…デスマスク
昭和キッズに「星座カースト」というトラウマを植えつけたのが、蟹座(キャンサー)のデスマスクです。教皇の正体が「悪のサガ」だと知りつつ、「正義と悪の定義など時の流れによって変わってしまうものだ」と言い切る思想には、彼なりの悪の美学が感じられました。
その生き様を象徴するのが、彼が守護する巨蟹宮の存在です。そこは、これまで彼が殺めてきた者の「死に顔(デスマスク)」で埋め尽くされていました。これこそが彼の名の由来であり、本名ではないのも独特です。
ちなみに彼の墓碑にも「デスマスク」と刻まれており、結局作中では本名が明かされていない点もミステリアスでした。
しかし、単なる無頼漢ではなかったのがデスマスクの特徴でもあります。多彩な技を用いる黄金聖闘士において、デスマスクの必殺技は黄泉比良坂へ魂を送る「積尸気冥界波」一本のみという潔さ。
イタリア出身ながら「狡兎死して走狗烹らる」など中国の故事成語を用いる博識さや、目上に対する礼儀正しい所作などに、大人の余裕が感じられます。
その反面、格下の紫龍に殴られた際の「あじゃぱァーッ!!」という断末魔や、黄金聖衣に見放されて敗北した哀しい姿さえ、彼の強烈な個性を象徴するスパイスとなりました。
また、アニメ版でデスマスクの声を演じた田中亮一さんの怪演も、どこか人間臭い魅力を引き立てました。後年、田中さんは「“デビルマン”といい、“デスマスク”といい、忌まわしい名の役が当たって妙な気分ですが、いい厄落としと勝手に思っています」というメッセージを発信するほど、ハマり役でした。
そんな最凶のヴィランが「冥王ハーデス編」で復活した際、「マンモス憐れなヤツ!!」など、当時流行した「のりピー語」を連発したミーハー要素も忘れられません(※単行本では修正)。
高い知性と礼節を持ち合わせながらもしっかり邪悪で、どこかお茶目。そんな生き様と強烈すぎる個性のギャップこそが、デスマスクという男から目が離せなくなる魅力といえそうです。
■悪と知りつつ「正義」を問うた修羅…山羊座のシュラ
「教皇が悪であっても、力さえあれば地上の平和を守れる」という、極端な秩序理念を持っていたのが山羊座(カプリコーン)のシュラです。
デスマスクが刹那的な実力主義だったのに対し、シュラの根底にあるのは「強者が支配してこそ世界は平和になる」という結果至上主義でした。13年前、赤子のアテナを守るアイオロスを瀕死に追い込んだのも、その信念ゆえ。自ら悪に手を染めてでも、地上の秩序を守ろうとした覚悟の深さが魅力です。
一方、アニメ版では「アテナへの忠誠心が最も高く、騙されていた熱き武人」という設定に。そのため、アイオロスを涙ながらに手にかけるという描写になりました。
原作の「冷徹な現実主義」と、アニメの「盲目的な正義」というギャップも、シュラの複雑な性格を象徴しているかのようです。
彼は己が信じる正義のために、ドラゴン紫龍を極限まで追い詰めました。しかし、命をかけてアテナを救おうとする紫龍の姿に、彼の信念は揺らぎ、ついに己の過ちを認めるのです。
最後に自分の右腕(エクスカリバー)と黄金聖衣を紫龍に託して燃え尽き、塵となって消えていく潔さと儚さは、今も涙なしには見られない最高の名シーンです。
ちなみにアニメ版でシュラを演じた戸谷公次さんが、『北斗の拳』で卑劣な悪役ジャギを怪演していたと知った時、声優の幅広い演技に驚愕しました。


