■後藤真希の陰で落選…! 自らの努力で掴んだ“平成の歌姫”の座「倖田來未」
「モーニング娘。」が社会現象となっていた1999年、追加メンバーを募集するために「モーニング娘。第2回追加オーディション」が開催された。
約1万1000人が応募したこの選考に、本名の「神田來未子」として参加していたのが、当時高校生だった倖田來未さんだ。
幼少期から歌手を志していた彼女は、確かな歌唱力で2次審査を通過。しかし、このオーディションを最後まで勝ち抜いたのは、つんく♂さんに「10年に1人の逸材」と言わしめた「ゴマキ」こと後藤真希さんであった。
『ASAYAN』でのデビューは逃した倖田さんだったが、並行して受けていたエイベックス主催の大型オーディション『avex dream 2000』で準グランプリを受賞する。これをきっかけに、2000年12月、シングル『TAKE BACK』で念願のプロデビューを果たした。
しかし、デビュー直後は決して順風満帆ではなかった。地方のクラブを地道に回るなど長い下積み時代を経験したという。やがて2000年代半ば、自ら切り拓いた「エロかっこいい」スタイルで大ブレイクを果たす。そして2005年には『Butterfly』で第47回日本レコード大賞を受賞するまでに至ったのだ。
『ASAYAN』のレールに乗ることなく、自らの個性と歌唱力を武器に平成の歌姫へと登り詰めた倖田さんの足跡もまた、見事な大逆転劇の1つだと言えるだろう。
夢を掴み取る者がいれば、残酷な現実に涙を流す者もいた『ASAYAN』のオーディション。その中には、不合格の烙印を押されながらも、決して諦めることなく努力を続け、その後の成功を掴むことができた者もまた、いたのである。
人生の勝ち負けは、たった一度の選考では決まらない——。『ASAYAN』はそんな教訓をも視聴者に教えてくれた番組であったと言えるだろう。


