1990年代後半から2000年代初頭にかけ、テレビ東京系で放送され社会現象を巻き起こしたオーディション番組『ASAYAN』。今も夢を追う若者たちと、選考過程で突きつけられる過酷な現実を映し出すドキュメンタリー番組は現代にも多数あるが、『ASAYAN』はその先駆け的な存在であったと言えるだろう。
同番組では、栄冠を手にした合格者が華々しくデビューを飾る一方、涙をのんだ落選者も多く存在した。しかし、不合格者の中には、後に合格者をも凌ぐほどのトップスターへと登り詰めた有名人も少なくない。
今回は『ASAYAN』で落選しながらも、その後の人生で大逆転劇を演じた3組の軌跡を振り返りたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■5万枚手売りの試練から国民的アイドルへ…! 奇跡の逆転劇「モーニング娘。」
『ASAYAN』が生んだ最大のサクセスストーリーであり、まさに“敗者復活”の原点となったのが「モーニング娘。」だろう。
彼女たちが結成されたきっかけは、1997年に開催された「シャ乱Q女性ロックヴォーカリストオーディション」であった。約1万人もの応募者の中から頂点に輝いたのは平家みちよさん。最終候補に残っていた中澤裕子さん、石黒彩さん、飯田圭織さん、安倍なつみさん、福田明日香さんの5人は惜しくも落選し、涙をのんだ。
しかしオーディション終了後、プロデューサーのつんく♂さんから5人に思いもよらぬ提案が出される。それは“インディーズCD『愛の種』を、5日間で5万枚手売りで完売できたらメジャーデビューさせる”という過酷な条件であった。
この条件を受け、彼女たちは1997年11月3日の大阪・HMV心斎橋店を皮切りに、福岡、札幌、名古屋の即売会場を回った。メンバー自らが事務所などを回ってプロモーション活動を行い、ポスターを貼ってもらうように依頼し、CDを手売りで届け続けたのである。
初代リーダーの中澤さんは、当時番組プロデューサーに厳しく指導されたと回顧しており、“ダメ出しは辛かったが、あの経験がなければ今の私はなかったかもしれない”と語っている。
こうして彼女たちはキャンペーン4日目にあたるナゴヤ球場で、見事に5万枚完売を達成。1998年1月にシングル『モーニングコーヒー』でメジャーデビューを果たすと、瞬く間に日本中を巻き込む国民的アイドルグループへと駆け上がったのだ。
■CHEMISTRY落選からの復活へ! EXILE「ATSUSHI」
2000年に同番組で開催され、ミリオンセラーデュオを誕生させた「男子ヴォーカリストオーディション」。1万人以上の中から最終選考の5人に選ばれながらも、デビューの夢を目前で逃したのが、後にEXILEのメインボーカルとなる佐藤篤志(ATSUSHI)さんである。
このオーディションで合格を勝ち取ったのは、堂珍嘉邦さんと川畑要さん。2人で結成された「CHEMISTRY」はデビュー曲『PIECES OF A DREAM』がミリオンセラーを記録するなど、瞬く間にJ-POPの頂点へと登り詰めた。
その一方、当時からファンが付くほどの高い歌唱力を誇っていたATSUSHIさんは、思いがけず不合格に。後に“当時は絶望の淵にいた”と語るほど、大きな挫折を味わうこととなる。
しかし、彼の圧倒的な歌唱力と天性のグルーヴ感に目を奪われていた人物がいた。それが、のちのEXILEリーダーとなるHIROさんである。
新たなダンス&ボーカルグループを模索していたHIROさんはATSUSHIさんへオファーをし、初代「J Soul Brothers」の新ボーカルとして迎え入れた。そして2001年9月、「EXILE」として始動すると、グループは日本レコード大賞を4度受賞するほどのモンスターグループへと飛躍を遂げたのである。
ちなみにATSUSHIさんが敗れた「男子ヴォーカリストオーディション」には、最終候補まで残った重要人物が他にもいる。その1人が、後に「二代目J Soul Brothers」を経てEXILEに加入したNESMITH(ネスミス)さんだ。
あの日、あと一歩で栄冠を逃した2人のボーカリストは、やがて時代を席巻するEXILEのメンバーとして日本の音楽シーンに君臨することとなった。


