言葉、文化、価値観…すべてが相容れない『葬送のフリーレン』魔族が人間を理解できない「絶対的な理由」とはの画像
少年サンデーコミックス『葬送のフリーレン』第1巻(小学館)

 ファンタジー漫画『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人氏、作画:アベツカサ氏)は、エルフの主人公・フリーレンが人間を知るための旅路を描く物語だ。

 本作において、魔族は「人間と絶対に分かり合えない存在」として語られている。

 フリーレンによると、魔族の長である魔王は人類と共存を願っていたという。「リーダーの魔王が人類と共存したいのなら、魔族は分かり合える存在ではないか?」とも思えるが、魔王はそのために人類の勢力圏が全盛期の3分の1になるほど多くの命を奪っている。

 その思想と行動はまったく噛み合っておらず、これこそが人間が魔族を、そして魔族が人間を理解できない理由なのだろう。

 それならば、なぜ互いを理解できないのか、その理由ぐらいは理解したいものだ。そこで今回は『葬送のフリーレン』において、「人間と魔族が分かり合えない理由」について深掘りしてみよう。

 

※本記事には作品の核心部分の内容を含みます。

 

■フリーレンが「会話は無駄」と断言…魔族にとって「言葉」は人間を欺くための道具

 見た目も使う言葉も人間に似ている魔族は、一見するとコミュニケーションが取れそうな種族に思える。だが、長い年月の中で数多くの魔族を倒してきたフリーレンは「魔族との対話なんて無駄な行為だ」とバッサリ切り捨てている。

 その根拠は、彼女がかつて勇者パーティーとして体験したある出来事にある。

 とある村からの依頼で魔族の討伐に出向いたフリーレンたちが遭遇したのは、傷ついた少女の姿をした魔族だった。さらに「痛いよ…」「お母さん…」といった悲痛な言葉を口にし続けていた。

 その様子を見かねた村長は、魔族の少女を引き取って償う機会を与えると提案する。しばらくは何事もなかったが、ある日、少女は自分を保護した村長を殺し、彼の娘を人質に取るという暴挙に出る。彼女が口にしていたあの悲痛な言葉は、すべて自分が助かるためのウソだったのだ。

 その魔族にフリーレンが「なんで“お母さん”なんて言葉を使うの?」と聞くと、こう返ってくる。「…だって殺せなくなるでしょう…」「…まるで魔法のような素敵な言葉…」と。

 魔族にとって言葉とは、人間を欺くための道具にすぎない。彼らはそこに込められた本来の意味を理解しておらず、おそらく理解する気すらないのだろう。

 フリーレンの師匠である大魔法使い・フランメは、魔族のことを「言葉を話す魔物」と定義していた。言葉はコミュニケーションの基本だが、これほど決定的な齟齬がある以上、互いが理解しあうのは困難といえそうだ。

■つながりを作るのは「魔力の強さ」だけ…天涯孤独の魔力至上主義

 魔“族”というだけあって、彼らは徒党を組んで人間を襲うことが多い。しかし、魔族には子育てや家族といった概念はなく、個々が身寄りのない天涯孤独な存在として永い時を生きるという。そんな彼らが組織としての体裁を保つために選んだ唯一の原理が、「魔力至上主義」である。

 魔族の世界では魔力が強大な者が絶対的な地位を築き、部下を従える。逆に魔力が低ければ、尊厳すらない厳しい立場に追いやられてしまう。そこは完全なる弱肉強食の世界であり、人間社会に見られるような家族や友人といった愛情で育まれたつながりは存在しない。共同体を築く論理そのものが、人間とは根本的に異なるのだ。

 そんな魔族の習性を弱点として見たのが、フランメとフリーレンである。彼女たちは自分の魔力を制限する技術を徹底的に磨き上げ、格下の相手だと油断させて討ち取る戦術を編み出した。

 魔族にとって魔力は他者に誇示するためのものであり、自分を弱く見せるための“魔力の隠匿”という発想自体が存在しない。その価値観の隙を突いたわけだ。

 第22話で描かれた「断頭台のアウラ」との戦いは、その典型例である。フリーレンの魔力制限に完全に欺かれたアウラは、自らの魔法によって首を切り落とす末路をたどった。魔力の強さのみを絶対視するという歪な習性が、結果的に自身を殺すとは、なんとも皮肉な話だ。

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