■父の残した“命の証”を背負う少年の気高さ「焼け焦げた人形」

 親の命がけの愛と、それを受け継ぐ子どもの強さに胸を打たれるのが「焼け焦げた人形」というエピソードだ。

 父親が所属する暴力団の抗争に巻き込まれ、全身に大火傷を負った幼い少年。彼を救う唯一の手段は、同じく火傷を負った父親の皮膚を移植することだった。

 B・Jは手術を引き受けるが、手術中に敵対組織が病院を襲撃し、院内は火事になってしまう。父親は崩れる柱の下敷きになりかけたB・Jを身を呈してかばい、「せがれを頼みます」という言葉を残して命を落とした。

 時は流れ、皮膚移植手術が無事に成功し、退院した少年。だが、銭湯でつぎはぎだらけの体を他の子どもたちから気味悪がられ、からかわれてしまう。すると少年は、臆することなくこう言い放つ。「バッキャーロ これ みんなおとうちゃんの皮なんだぞっ」と。

 見た目に対する偏見に屈することなく、父が命と引き換えに残してくれた皮膚を誇りとして堂々と生きる少年の姿は気高い。そして、自分と同じように傷を負った少年を遠くから見守り、「坊や……くじけるなよ……」とつぶやくB・Jの姿もまた、印象的だ。読者の心に静かな感動を与える名作である。

■ 勘当された不良息子が医者になって帰郷…粋なセリフにしびれる「勘当息子」

 最後は、親子の絆の復活とB・Jの粋な計らいに心が温かくなる「勘当息子」を紹介しよう。

 雪で足止めを食らったB・Jは、町外れの小さな民宿に泊めてもらう。その民宿の老婆は還暦祝いのために、都会から帰省する3人の息子たちを心待ちにしていた。

 しかし、長男も次男も都合がつかず、頼みの綱の三男にも電話を冷たく切られてしまう。絶望のあまり持病を悪化させて倒れた老婆。そんな中、雪道を歩いて帰ってきたのは、かつてグレて勘当され、死んだとされていた“四男”であった。

 医者の卵である四男は、腹痛に苦しむ母の病気(移動盲腸)を手術するB・Jに立ち会う。「再発を防ぐために虫垂も切ってしまおう」と提案する四男に対し、B・Jは「虫垂だの農家の四男坊なんてのはやたらに切っちまっていいもんじゃないだろう」と答え、その提案を却下するのだった。

 言うまでもなく、これは「勘当(縁を切られる)」と「虫垂の切除」をかけた、B・Jならではの粋なセリフだ。かつて親不孝を働いた息子が時を経て立派な大人になり、寂しさを抱える母の元へ帰ってくる……。四男の不器用な親孝行と、それをそっと後押しするB・Jの優しさに、読み終わったあと、心がじんわりと温まる名エピソードである。

 

 『ブラック・ジャック』が描く物語は、単なる病気の治療にとどまらない。その根底には、親が子に注ぐ無償の愛や、友への感謝、そして過酷な運命に立ち向かう人間の気高さといった、普遍的なテーマが息づいている。

 法外な治療費を請求し、一見すると冷徹に見えるB・Jだが、誰よりも命の重みと人間の心を理解しているのだろう。作品発表から長い年月が経った今だからこそ、これらのエピソードに込められた手塚さんの深いメッセージが、より一層、読者の心に突き刺さるのかもしれない。

 

■もう一度読みたい…Kindleで『ブラック・ジャック』をチェック

ブラック・ジャック 1 ブラック・ジャック (少年チャンピオン・コミックス)
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