■「f」が意味するものは何か

 そもそも、ナンバリングタイトルが存在する中で、なぜ今回はアルファベットの「f」なのでしょうか。

 この点については多くの考察がなされていますが、私は個人的に「フェミニズム」の「f」と結論付けました。

 広く捉えれば「フリー」の「f」も同じ意味になりますが、作品を通じて描かれるあらゆる描写から、性的役割や性差別からの解放=フェミニズムに焦点を当てた作品であることが伺えます。

 まず、ひとことで言うなら『サイレントヒルf』は「雛子の結婚物語」です。

 しかし、小さな頃から女らしい生き方に違和感を抱いていた雛子は、「結婚」や「出産」に対して強い拒否感を示していました。

 お見合い結婚を人身売買のように語り、「女は…家畜と変わらないんだ…」という衝撃的なセリフも飛び出します。さらに、出産への恐怖心を具現化した禍々しいクリーチャーも登場し、「雛子、何もそこまで……」と思う人も少なくなかったでしょう。

 また「深水雛子」と「雛子」、ふたりの雛子が存在する構造は、結婚によって「自分という存在が消え去る」感覚を、「苗字」を奪われた「雛子」という形で表現しています。

 この表現には、私自身の経験も重なり、強く共鳴しました。

 私は2023年に結婚し、「宇内梨沙」から「別の梨沙」になりました。

 夫の親族はとても温かく、家族が増える幸せを感じていますし、新たな姓も語感がよく非常に気に入っています。また、オフィシャルの自分とプライベートの自分を分けられている現状も、とても心地良いのです。

 しかし、入籍の際、宇内家の名前が並んだ戸籍謄本を見つめながら、そこから自分の名前が抜けていくことを実感したとき、言いようのない寂しさが込み上げ、思わず涙がこぼれそうになりました。

 母に入籍の報告をしたとき、「寂しくなるね」と返ってきた言葉に、きっと母も同じ感情を経験したのだろうと、胸が締め付けられました。

 内閣府のデータによれば、結婚の際に女性が姓を変更する割合は、2024年時点で約94%とされています。今でもほとんどの場合、女性が姓を変えているのが現実です。

 とはいえ、「選べるのではないか」という意見もあるでしょう。私の場合は、実家が会社を経営しており、その選択肢は現実的ではありませんでした。

 兄の妻、つまり義理の姉は宇内家に入っています。戸籍謄本に並ぶ姉の名前を見たとき、改めてありがたいという感謝の気持ちも湧きました。

 そうした中で、自分のためだけに夫に「宇内」を名乗らせたいとは思いませんでしたし、大切な人に同じ葛藤を背負わせたくもありませんでした。

 自分が受け止めることで済むのなら、それでいい。そう思っています。

 夫婦別姓が認められていない日本では、どちらかが合わせるしかありません。それでも、雛子のような感覚を自分自身が確かに覚えたからこそ、彼女の気持ちは痛いほど理解できました。

 深水家は、横暴な父親と、その言いなりになっている母親、そして雛子とは対照的な優等生の姉という家庭です。雛子は両親に強い嫌悪を抱いていましたが、それでも家族の縁、血のつながりは強固です。だからこそ、その縁が断ち切られる危機=結婚に対して反抗心が芽生えるのは、むしろ自然な感情ではないでしょうか。

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