吾峠呼世晴氏の『鬼滅の刃』は、鬼に家族を惨殺された主人公・竈門炭治郎が、鬼に変えられた妹・竈門禰󠄀豆子を人間に戻すため、すべての鬼の元凶・鬼舞辻無惨に立ち向かう姿を描いた物語だ。
舞台は大正時代の日本。炭治郎が属する鬼殺隊の剣士たちは、独自の「呼吸法」と特殊な「日輪刀」を駆使して鬼と戦う。多彩な呼吸法から繰り広げられる剣技の数々は、日本のみならず世界中のファンをとりこにしている。
『鬼滅の刃』の魅力はバトルアクションもさることながら、緻密に練られた重厚なストーリーも見どころの1つ。過酷な運命に翻弄されながらも大切な人を守るために戦う登場人物たちには、それぞれ壮絶な過去があり、涙なしには語れない物語が広がっている。
さらに、作者の吾峠氏によって散りばめられた伏線の巧みさも特筆すべき点である。アニメ版においても、すでに回収された伏線が存在するが、その見事な構成に鳥肌が立ったファンも少なくないだろう。
そこで今回は、『鬼滅の刃』において、アニメ版でこれまでに回収された秀逸な伏線の数々を紹介しよう。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます。
■出世できない色ではなかった? 炭治郎の「黒刀」
本作において、鬼殺隊が鬼と戦うために使用する武器「日輪刀」は重要なアイテムだ。鬼殺隊の入隊資格を得るための最終選別を突破した隊士は、いくつかある鉱石の中から選んだ玉鋼を原料として、専用の「日輪刀」を打ってもらうこととなる。
『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』によると、日輪刀の原料である玉鋼は、太陽に一番近い山「陽光山」で採れる「猩々緋砂鉄」と「猩々緋鉱石」から作られる。陽の光を吸収するという性質から、普通の武器が効かない鬼の命を絶つことができる唯一の武器として重宝されている。
日輪刀は別名「色変わりの刀」とも呼ばれ、初めて握った持ち主によって刀身の色が変わる。その色はさまざまだが、「水の呼吸」の使い手は青色、「炎の呼吸」の使い手は赤色など、基本的には剣士が扱う「呼吸」の特性に合った色に染まることが多い。
だが、主人公・炭治郎の日輪刀は、漆黒に染まった「黒刀」であった。炭治郎の担当刀鍛冶の鋼鐵塚蛍は、炭治郎の赤みがかった髪と瞳から、「赫灼の子(※火仕事をする家に生まれると縁起がいいとされている)」と信じ、燃えるような赤い刀身を期待していた。それだけに、漆黒に染まった炭治郎の刀を見てひどく落胆し、怒りをあらわにしている。
しかし、そもそも炭治郎が当初使用していたのは「水の呼吸」だ。そのため、刀身が青ではなく黒く染まったことに首を傾げた人も多いだろう。“出世できない”という不吉な俗説も、先行きに不安を抱かせた。だが、この「黒刀」こそが、炭治郎の未来を暗示する重要な伏線だったのである。
炭治郎は「那田蜘蛛山編」で下弦の伍・累と戦った際、亡き父・竈門炭十郎が舞っていた神楽に着想を得て「ヒノカミ神楽」という独自の呼吸を生み出す。刀に炎をまとわせて戦う「ヒノカミ神楽」と「水の呼吸」を使い分けて、炭治郎は数々の強敵を倒していくのである。
つまり炭治郎の黒刀は、彼が使用する呼吸が「水の呼吸」だけではないことを示唆していた。黒色は、あらゆる色を混ぜることで到達する色であり、複数の呼吸法を扱う炭治郎の資質を暗示していたのである。
アニメではまだ描かれていないが、後に炭治郎が用いる「ヒノカミ神楽」の起源が明かされる。それは、彼がなるべくして「黒刀」の剣士になった運命を裏付けるものであり、多くのファンに衝撃を与えた。
■炭治郎を鍛えてくれた少年・錆兎の正体
鬼殺隊士になるための最終選別を前に、炭治郎は育手である鱗滝左近次から過酷な修行を受けていた。その修行中、炭治郎を飛躍的に成長させたもう1人の人物がいる。それが、突如炭治郎の前に現れた、頬に傷のある狐の面を付けた少年・錆兎である。
彼と炭治郎の出会いは、炭治郎が狭霧山での訓練を1年続けた後、鱗滝から「もう教えることはない」と告げられ、最終選別に進む条件として巨大な岩を斬るという試練を与えられた時のことであった。
半年経っても岩を斬れずに焦る炭治郎の前に、「うるさい」「男が喚くな見苦しい」という言葉とともに現れたのが錆兎だ。
彼はそれから半年間、炭治郎の修行に付き合った。そしてついに炭治郎の刀が錆兎の面を割った瞬間、彼の姿は消え、不思議なことに巨大な岩も真っ二つに割れていた。
錆兎のおかげで最終選別への道を開いた炭治郎であったが、そこで対峙した「手鬼」から衝撃の事実を知る。錆兎は、すでに過去の選別で命を落とした亡霊だったのである。
そして物語が進んだ「柱稽古編」で、錆兎に関するさらなる伏線が回収される。それは、彼がかつて水柱・冨岡義勇とともに鱗滝の元で鍛錬し、最終選別へ向かった盟友だったというものだ。13歳で天涯孤独と同じ境遇にあった2人はすぐに親友になり、ともに最終選別へ挑んだのである。
そこで義勇は鬼に襲われて負傷し、意識を失ってしまう。一方、錆兎は山にいたほとんどの鬼を1人で切り伏せ、他の受験者たちを守った。だが、鱗滝に恨みを持つ巨大な手鬼との戦いで刀が折れ、命を落としてしまったのである。
炭治郎を導いた謎の少年が、義勇の盟友であったとは誰が想像しただろうか。吾峠氏が仕掛けたこの哀しくも胸が熱くなる伏線は、物語をより深みのあるものにしている。


