1975年から約20年にわたりTBS系列で放送された『まんが日本昔ばなし』。市原悦子さんと常田富士男さんの温かみのある語りで、多くの視聴者に親しまれてきた。
日本各地に伝わる民話や伝承をベースにした本作には、心温まる教訓話が数多く存在する。しかし、厳しい時代を生きた人々の物語でもあるため、思わず身震いするようなホラー回や、救いのない結末を迎えるエピソードも少なくない。
その中でも特に後味が悪く、心に引っかかるのが「恩を仇で返される」という理不尽な物語だ。“助けた生き物が恩返しに来る”のが昔話の王道と考えられがちだが、本作では必ずしもそうとは限らない。時には愛情を注いでいたはずの動物に命を狙われ、助けたはずの人間からひどい裏切りに遭うことさえあるのだ。
今回は、視聴者の心に重くのしかかる「恩を仇で返される」理不尽なエピソードを紹介したい。
※本記事には各作品の内容を含みます
■10年来の愛猫が化け猫になり命を狙う『茂吉の猫』
『茂吉の猫』は、昔話の定番である「動物の恩返し」とは正反対の、裏切りを描いたエピソードである。
秋田の阿仁町に住む茂吉という男は、大酒飲みでぐうたらな性格であり、妻もいない独り身であった。そんな茂吉は、長年大切に飼ってきた年老いた「トラ」という猫と暮らしていた。
しかしある日、覚えのない酒の請求が届いたことで、茂吉はトラが化け猫となって酒を盗み飲んでいることに気づく。ある夜、再び酒を盗もうとしたトラに対し茂吉がキセルを投げつけて追いかけると、そこは化け猫たちが集まる原っぱであった。手ぶらで怪我をして戻ってきたトラを見た化け猫の仲間たちは、“茂吉を殺せ!”と一斉に叫び始めるのである。
翌朝、これは夢だったのかと思いつつ茂吉が朝飯を食べようとすると、トラが凄まじい勢いでその飯の上を飛び越えた。昨夜の集会で“トラが飛び越えた飯を食えば茂吉は死ぬ”と聞いていた茂吉は、間一髪で食べるのをやめる。暗殺計画に失敗したトラは、そのまま家を出て行くのであった。
長年愛情を注いで共に暮らしてきた愛猫が、恩を感じるどころかあっさりと主人の命を奪おうとする展開はあまりに理不尽だ。飯の上を飛び越えたトラに対し、“やっぱりおめえは化け猫になったか…俺とおめえは10年の仲だがこれでお終いだなあ”とつぶやく茂吉の表情には深い悲しみが浮かんでおり、とても切ない。
人間社会でも可愛がっていた身内に裏切られるといった悲劇は起こり得るが、言葉の通じない動物が相手だからこそ、この物語は悲しく、不気味さを残すのだろう。
■恩を知るのは人間か、動物か…『人間無常』
次は、人間の業の深さと、底知れぬ恐ろしさを描いたエピソード『人間無情』を紹介したい。
ある時、洪水に巻き込まれた旅の医者が、流木にしがみついていた蛇と狐を助ける。次に溺れている人間の男を見つけると、蛇と狐は“人間なんか助けたってろくなことがない”と忠告するが、医者はそれを無視して男を助けた。こうして彼らは連れ立って、長者の家に身を寄せることになった。
医者は長者の屋敷の隣で村人の診療を無料で行い、感謝した村人から多くの贈り物を受け取るようになった。そんな医者を一生懸命手助けする蛇と狐。しかし、怠け者の男はゴロゴロして何もしない日々を過ごす。
しかも男は、人々から賞賛を受ける医者を疎ましく思い、“あいつは妖術使いでお金を騙し取る奴だ”と長者に嘘を吹き込み、恩人である医者を牢屋へ追いやってしまうのだ。
この醜悪な裏切りに対し、動いたのは蛇と狐だった。まず蛇が長者を噛んで重い病に陥らせ、次に狐が易者に化けて“あの医者しか治せない”と進言する。この見事な連携によって、医者は無事に牢から救い出されたのである。
本作はタイトルが示す通り、無情で恐ろしいのは人間であり、動物のほうがはるかに恩義を忘れないという痛烈な皮肉が込められている。結果的に医者は蛇と狐からの恩返しで命を救われるが、同じ人間からは嫉妬と悪意で陥れられるのだ。
こうした展開は現代社会にも通じるドロドロとした人間関係をも映し出しているかのようであり、教訓にもなるエピソードである。


