■苦悩するキャラクターに感情移入
『キャプテン翼』では主人公陣営だけでなく、他校のライバルたちの背景も詳細に語られていたのが印象的で、特に家庭の事情で苦労する選手がたくさんいました。
前でも触れましたが、日向小次郎は小学4年生の時に父親を交通事故で亡くし、弟妹を支える長男として母子家庭で育ちます。小学生の頃から新聞配達などに精を出し、プロサッカー選手を目指すのも困窮する家計を助けるためでした。
両親が離婚した岬太郎は、画家の父親と各地を転々としながら放浪生活。西ドイツユースのカール・ハインツ・シュナイダーの両親もサッカーが原因で離婚危機となり、クラブチームの監督代行を解雇された父親に対する中傷を浴びながら試合に挑みます。
ほかにも、東邦のゴールキーパー・若島津健は空手道場を営む父親からサッカーを続けることに難色を示され、フランスユースのエル・シド・ピエールは裕福な家庭に育ったがゆえに嫌がらせを受けるなど、それぞれ重い影を背負った少年たちがひたむきにサッカーに取り組む姿は多くの読者の心を打ちました。
明るく爽やかなサッカー漫画と思われがちな『キャプテン翼』ですが、少年たちの切実な思いや苦悩、渇望といった部分まで、きっちり描かれていたのです。
■ブーム到来と同時に爆発した「同人人気」
1985年から87年あたりの『キャプテン翼』ブームはすさまじく、コミケなどのイベント参加者からは『C翼』の略称で呼ばれ、圧倒的な人気を集めます。
同人イベントで『キャプテン翼』関連で活動する作家の大半は女性で、高河ゆんさん、おおや和美さん、尾崎南さんなど、後に漫画界で大活躍する作家も参加していました。
当時、夏・冬開催のコミケ以外にもオンリーイベントがいくつも開催され、狭い会場に大勢の女性ファンが詰めかけて、パニック状態になることも珍しくありません。
個人的に印象に残っているのは、蒲田の大田区産業会館で1986年3月に開催されたオンリーイベントです。この日は朝から雪が降り、会場までたどり着くのも大変でしたが、開場後に大雪どころか豪雪に。“帰宅困難”と判断されて途中で閉会になってしまいました。
しかし、イベントは入れ替え制だったため外で待機していたファンが「せっかく待ったのに本が買えない」と大雪の中で涙の抗議をするひと幕もあったのです……。
こうした熱狂の中心にあったのが、当時「やおい」と呼ばれ、男性同士の恋愛を描いたいわゆる「BL」作品でした。
同人イベントでの頒布だけでなく、普通の書店にまで「コミックアンソロジー」と称してそういった内容の本が並んでいたのは、今となっては考えられません。こうした流れに当時の『キャプテン翼』の担当編集が苦言を呈し、過激表現に釘を刺すこともありました。
『キャプテン翼』ブームと並行するように1985年12月、『少年ジャンプ』では車田正美氏の『聖闘士星矢』が連載開始。『キャプテン翼』を愛読する女性ファンをも魅了し、熱烈な女性ファンを育んでいきます。
それまでにも『リングにかけろ』のような女性人気の高い作品はありましたが、高橋陽一氏の『キャプテン翼』は、“一大ブーム”と呼ばれるほどの影響力を多方面に及ぼし、女性が『少年ジャンプ』を愛読する大きなきっかけを作った金字塔であるのは間違いないでしょう。


