■「軍がやべえ!!」ヒューズが命がけで遺した警告の真意
最後に紹介するのは、マース・ヒューズ中佐が遺した、あの印象的なセリフにまつわる伏線回収だ。
ヒューズはロイ・マスタングの親友であり、彼の野心を支える盟友でもあった。家庭では妻と娘を溺愛する「親バカ」な一面を持っており、娘の写真を周囲に見せびらかす姿など、その人間味あふれる姿はシリアスな物語の中で読者の心を和ませる存在であった。
序盤で退場したにもかかわらず彼がこれほどまでに強い印象を残したのは、その魅力的な人柄だけが理由ではない。なぜならヒューズは物語のかなり早い段階で、このアメストリスという国家に渦巻く陰謀の核心に最も迫った人物だったからである。
第15話「鋼のこころ」にて。各地の事件や戦争の記録を独自に調べ上げたヒューズは、アメストリスの歴史や戦争の配置から、不自然な共通点があることに気づく。それは国家の背後に巨大な陰謀の存在を示唆するものであった。だが、真実に近づきすぎたがゆえに彼は命を狙われ、ホムンクルスであるエンヴィーによって命を奪われてしまうのである。
死の間際、彼はマスタングへの電話で「軍がやべえ!!」という言葉を遺す。当初マスタングはこれを「軍に危険が迫っている」という警告だと解釈していたが、第50話「腹の中」で、その言葉に秘められた本当の意味に気づくこととなる。
マスタングは中央司令部の内部で少しずつ仲間を増やし、ホムンクルスであることを隠すキング・ブラッドレイ大総統に対する反撃の機会をうかがっていた。しかし、そこにブラッドレイ本人が現れ、中央司令部そのものがすでに敵の支配下にあることが明らかになる。
この絶望的な状況に直面し、マスタングははじめて亡き友が最期に残した言葉の真意を悟る。「軍がやべえ!!」とは、単に「軍に危機が迫っている」という警告ではなく、アメストリス軍がすでに得体の知れない敵の手に落ち、支配されている——まさに「軍そのものがやばい」という恐るべき事実を示す言葉だったのだ。
序盤の人気キャラの退場とともに遺されたこの一言が、やがて国家規模の陰謀として姿を現す。この鮮やかな構成は、『鋼の錬金術師』がいかに計算され、描かれているかを印象付ける見事な伏線回収劇であった。
今回取り上げた3つの伏線は、いずれも当初は断片的な謎や情報として描かれている。しかし、物語が進むにつれて、それらはやがてひとつの巨大な陰謀へとつながっていく。
連載期間約9年、コミックス全27巻という長編でありながら、序盤に何気なく配置された小さな描写が終盤の核心へと結びついていく構成は、まさに見事というほかない。
あらためて読み返してみると、今回取り上げたもの以外にも、物語の至るところに意味深なヒントが散りばめられていることに気づくはずだ。この緻密に計算された物語構造こそが、『鋼の錬金術師』が色あせることのない名作として、今なお多くの読者に語り継がれている理由のひとつなのである。


