■猗窩座(狛治)の道場の井戸に毒を入れた跡取り息子

 「無限城編」で、炭治郎たちに立ちはだかった上弦の参・猗窩座。彼は、人間だった頃の記憶を失っており、鬼となってからは無惨のお気に入りとして作中に度々登場している。特に「無限列車編」での炎柱・煉獄杏寿郎との死闘は、本作屈指の名シーンだろう。

 彼は人間だった頃、狛治という名の少年であり、病弱な父親の薬を買うために盗みを繰り返す罪人だった。わずか11歳にしてその腕っぷしは大人顔負けであり、奉行所の役人が「鬼子」と呼ぶほどに強かった。

 父親のために自分を犠牲にしてきた狛治だが、その行いを苦にした父親が自害したことで、彼の心はますます荒んでいく。自暴自棄になり暴れ回っていたところを「素流道場」を営む慶蔵に拾われ、彼の道場で世話になりながら、病弱な娘・恋雪の看病を任されることになった。

 恋雪との穏やかな日々は、荒んでいた狛治の心を少しずつ癒やしていった。しかし、ようやく手にしたその幸せな日々は、長くは続かない。

 素流道場を一方的に目の敵にしていた隣の剣術道場の者が、道場の井戸に毒を混入。その水を飲んだ慶蔵と恋雪は共に命を落としてしまうのである。なんの罪もない善人である2人が理不尽に殺されたことに絶望した狛治は、剣術道場に報復に行き、関係者全員を素手で惨殺。その噂を聞きつけた無惨によって鬼にされた。

 コミックス第18巻に掲載されている「設定こぼれ話」によると、恋雪に一方的な好意を寄せていた剣術道場の跡取り息子が、狛治と恋雪の結婚を知ったことで逆上しこの凶行に及んだことが明かされている。個人的な嫉妬心から井戸に毒を入れるという行為は、到底人間の所業とは思えない非道なものだ。

 父親を支えるために強くなった狛治。その方法は間違っていたかもしれないが、慶蔵と恋雪との出会いによって、彼は人間らしい幸せな未来を掴みかけていた。そんな矢先に訪れたあまりにも悲惨な現実は、狛治の心を壊すには十分過ぎる出来事だったのだろう。

 「鬼が出た」という噂を聞きつけた無惨に目をつけられてしまった狛治だが、もしもこの事件がなければ彼は鬼になることはなかっただろう。このエピソードは、時に鬼以上に人間の持つ悪意が恐ろしいということを突きつけるものであった。

 

 作中で描かれた、鬼以上に鬼らしい蛮行に出た人間たち。こうして振り返ってみると、人間の心の中にも鬼は潜んでいるのかもしれないと考えさせられる。そして、彼らの非道な所業が、結果として新たな鬼を生み出してしまったこともまた事実だ。

 本編では語られなかった裏話も踏まえて、改めて作品を見返してみると、つくづく魅力的なキャラクターが揃う『鬼滅の刃』。劇場版でどんなクライマックスが描かれるのか、最後まで見届けたい。

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