「負け姿に込められた美学…」花山薫に愚地独歩、克巳も…『刃牙』シリーズを象徴する「かっこよすぎる敗北シーン」の画像
ザ・ベスト・バウト オブ 刃牙 花山薫編: AKITA TOP COMICS WIDE (秋田書店)

 板垣恵介氏による『グラップラー刃牙』(秋田書店)から始まる『刃牙』シリーズでは、さまざまなベストバウトが誕生してきた。それぞれ他にはない魅力を持っており、どの戦いが一番か決めるのは至難の業である。

 その物語の中では、必ずしも強者が勝つわけではなく、時には予想外の結果になることもある。そんな時、重要なのは敗北を通して次の戦いにどのようにつなげるか……なのだ。主人公である範馬刃牙も、父親の範馬勇次郎に手も足も出ずに負けてしまうが、そこから大成長を遂げている。

 また戦いに臨む者は、負けに対する覚悟も決めなければならない。お互い死ぬ気で戦うからこその気構えであり、時には最悪の結果を想定する必要がある。そうでなければ、刃牙にボコボコにされたマホメド・アライJr.のように、無様な醜態を晒すことになりかねない。

 そこで今回は『刃牙』シリーズにおいて、負けた時の姿さえカッコよかった強者たちのエピソードを紹介したい。

 

※本記事には作品の内容を含みます。

■「侠客立ち」で技を受けきった花山薫

 花山薫は、任侠の世界に生きる男である。「格闘技は使わない」「鍛錬はしない」など独自の美学を持って生きており、命のやり取りにおいても常に自然体だ。

 そんな花山がシビれるような負け姿を披露したのが、地下闘技場最大トーナメントでの愚地克巳との一戦だ。克巳は実戦空手・神心会の創始者である愚地独歩の義理の息子で、“空手を終わらせた”とも評されるほどの天才である。

 しかし花山はそんな克巳を前にしても、自身のスタイルを変えることなく正面から殴り合う。克巳の多彩な空手の技を、純粋な力だけでねじ伏せていく展開には、多くの読者が心をつかまれたはずだ。

 やがて追い詰められた克巳は、花山を侮っていたことを後悔する。そして、すべてを出しきらなければ倒せない相手だと悟り、隠してきた切り札「マッハ突き」を放つことを決意した。

 マッハ突きは、それまでの打撃技とは比較にならないほどの破壊力を誇る。克巳はそんな強力な技を瞬時に数発、花山の体に叩き込んだ。それまでどれだけ攻撃を食らっても反撃してきた花山だったが、ついに彼の動きが止まってしまう。

 それでもなお、力を振り絞って反撃の素振りを見せる花山に対し、さらに克巳は渾身の一撃を放った。花山はそれを背中で受けるかたちとなり、立ったまま失神した。

 かつて江戸時代初期、花山家の先祖を守り抜き、立ったまま往生した旅の博徒がいた。花山家では代々その勇姿を称え、「侠客立ち(おとこだち)」と呼んだ。

 そして克巳との一戦で、立ったまま気を失った花山薫のその姿こそ、彼の目指した「侠客立ち」そのものであった。

 失神してもなお倒れない姿には、花山という男の生き様が凝縮されている。勝利したのは克巳だったが、花山の圧倒的な存在感は、どちらが本当の勝者か分からなくさせるほどだった。

■潔い引き際を見せた愚地独歩

 独歩の負け姿もまた、かっこいいものだった。それが描かれたのが、「生きる伝説」とも呼ばれる渋川流合気柔術の達人・渋川剛気との戦いだ。

 この達人対決は、これまでにないほどの盛り上がりを見せる。熟練の空手の技で攻める独歩に対し、剛気はすべてを見切り、合気で返す。どちらも一歩も譲らない攻防の末、戦いは最終局面を迎えた。

 独歩は必殺技である「菩薩の拳」による正拳突きを放つが、渋川剛気は一度は倒れたもののすぐに復活。そして、独歩の渾身の一撃に合わせて彼を投げ飛ばした。宙を舞い、地面に叩きつけられた独歩の敗北で試合は終了となった。

 負けた独歩は「トドメは刺さないのか」と渋川に問いかける。常に勝負とは命の取り合いであると理解しているからこその発言だ。しかし、渋川はそれには応じず、いつでもかかってこいという気構えを示した。

 両者ともに生涯現役を掲げる武人だからこそ、このやりとりには清々しいものがある。さらに独歩は試合後、自らが作り上げた神心会の看板を下ろし、自身を破門とした。その決断の裏には「このままでは自分は強くなれない」「もっと強くなりたい」という純粋な思いがあった。

 それ以降、道場主というしがらみから解放された独歩は、以前にも増して迫力や強さを増したように見える。潔い引き際があったからこそ、彼は新たな境地に達することができたのだろう。独歩の崇高な姿は、時に地位や名誉を捨てることで道が拓けるということを教えてくれた気がする。

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