昭和時代のNHKといえば、小学校の授業にて教育テレビの番組を視聴する機会も多かったせいか、特に親世代からは絶大な信頼があったように思います。他のチャンネルには抵抗を示しても、「NHKなら安心」とばかりに視聴を許してくれることも多々あり、これ幸いと子ども向け番組やアニメを夢中になって見たものです。
昭和時代のNHKでは、素晴らしいアニメ作品が多く放送されていました。その先駆けであり、象徴ともいえるのが『未来少年コナン』(1978年)でした。同作は宮崎駿さんにとって実質的な初監督(名義は「演出」)作品。『世界名作劇場』で知られる日本アニメーションの製作で、火曜の夜7時半から放送されました。
宮崎駿監督は、盟友・大塚康夫さんとのコンビで『コナン』のキャラクターからメカニックデザインまで担当。アレグザンダー・ケイのSF小説『残された人びと』を大胆に脚色し、全26話の連続アニメをまるで1本の壮大な映画のように仕上げ、自身のビジョンを具現化した初期の最高傑作とも言われています。
絵コンテには高畑勲さんや富野由悠季さん(名義は「とみの喜幸」)など、後のアニメ界をけん引していくクリエイターたちが多数参加。鳥山明さんを筆頭に、同作に刺激を受けた作家が後を絶たないほど、画期的なアニメ作品だったのです。
それまで民放の独壇場だった30分枠の連続アニメに『未来少年コナン』で参入したNHKは、夜7時半のゴールデンタイムにアニメ放送を定着させるようになります。そしてその枠からは、昭和を代表する名作アニメが多数生み出されました。
そこで今回は、昭和時代の「夜7時半枠」で放送されていた、エポックメイキングなNHKアニメ作品を振り返ってみたいと思います。
※本記事には各作品の内容を含みます。
■「時は未来! 所は宇宙!」本格的なSF設定にうならされた『キャプテンフューチャー』
『未来少年コナン』に続くNHKの連続アニメ第2弾が、毎週火曜の夜7時半に放送された『キャプテンフューチャー』(1978年)です。同作は、アメリカのSF作家エドモンド・ハミルトンの小説が原作で、全52話(+特番1話)が製作されました。
本作は、キャプテン・フューチャー(本名:カーティス・ニュートン)を名乗る男性が、「フューチャーメン」と呼ばれる仲間とともに、宇宙船コメット号を駆って太陽系を駆け巡る宇宙SF冒険譚。
1977年に公開されたアメリカ映画『未知との遭遇』や『スターウォーズ』の大ヒットの影響で、日本にも空前の宇宙SFブームが到来。その追い風を受けて誕生したのが本作でした。
画期的だったのは、まだ「スペースオペラ」の概念が一般的ではなかった時代に、その魅力をアニメに落とし込み、子ども向けに提供した点にあります。
当時は勧善懲悪のロボットアニメやヒーローものが人気で、特訓や根性で困難を解決する主人公が定番でした。ところが『キャプテンフューチャー』の主人公カーティスは成人した「天才科学者」であり、科学知識や工学的技術を駆使して問題を解決する姿が、当時は新鮮に映りました。
原作小説は1940年代に執筆されたもので、当時は人類が月面着陸もしていない時代。アニメの製作陣は当初、放送当時の科学知見での“脚色”を模索しますが、途中から原作が持つレトロでダイナミックなドラマ性を優先していきます。
とはいえ「物質電送」「頭脳移植」「次元転位」など、魅力的なSF設定が詰まった本作。原作では涙滴型だったコメット号は、映画『2001年宇宙の旅』のディスカバリー号をほうふつさせるデザインへとリファイン。架空の金属「イナートロン」の船殻、9基の高性能「サイクロトロン推進器」といった設定は、SFファンを大いに喜ばせました。
フューチャーメンの造形も、従来の“正義の味方”とは一線を画す斬新なデザインでした。体を失い、透明なケースに入った「脳」だけの姿で浮遊するサイモン教授は、まさにSFらしさを象徴。ほかにも変身能力を持つアンドロイドのオットー、怪力ロボットのグラッグといった、非人間型の仲間とのチームプレーが物語の核となりました。
ちなみに本作の裏番組は非常に強力で、TBSは伝説的人気番組『ぴったし カン・カン』、テレビ朝日に至っては夜7時から『宇宙海賊キャプテンハーロック』、7時半からは『星の王子さま』と続く、1時間丸々アニメ枠でした。
こうした強敵ぞろいの放送枠で、『キャプテンフューチャー』は独自の存在感を示します。宇宙の広がりを感じさせる美しい映像、大野雄二さんによるスタイリッシュな音楽と魅力あふれる主題歌。そしてカーティスを演じる広川太一郎さんの落ち着いた声は、それまでの“子ども向けアニメ”にはなかった大人の雰囲気が感じられました。


