■一歩も苦しめた…したたかすぎる九州父ちゃん! 武恵一
主人公・幕之内一歩は日本フェザー級王者として数多の挑戦者と拳を交わし、勝利を積み重ねてきた。その中でも、最年長のベテランボクサー・武恵一は、忘れられない強敵の1人である。
戦績33戦を数える武は一歩への挑戦時点で30歳を過ぎており、肉体的には下り坂に差し掛かっていた。連戦連勝を続ける王者・一歩が相手ではあまりにも分が悪いと思われたが、武は33戦で培った兵法で強打のチャンピオンに立ち向かう。
第1ラウンドではクリンチを絡めたフェイント、第2ラウンドではサウスポースタイルを利用して距離感をかく乱するなど、多彩な引き出しで一歩をじわじわと追い詰めていく。
極めつけは、身長の低い一歩の懐に潜り込み、至近距離から放つショートアッパーだ。密着することで一歩の体の回転を止め、パンチの破壊力を封じる作戦は、一歩のみならず、名伯楽の鴨川会長すら騙してみせた。ファイトスタイルが似ている青木に至っては、武の一挙手一投足に「なんて勉強になるんだ」と感心していたほどだ。
ここまで武の老獪な戦術について語ってきたが、筆者が最も感動したのは、彼の息子を想う親心である。回転封じが攻略され、一歩の強烈なパンチを何度も打ち込まれて意識をなくしながらも、武は戦い続けた。それは、“試合を見ている息子に情けないとこを見せられない”、“勇敢な背中を見せたい”という、強い気持ちによるものだ。
ボクサーとしては「強か(したたか)」なら、父親としては「強く(つよく)」あろうとした武。個人的には、一歩を最も苦しめたボクサー候補に挙げたい男だ。
人間は年齢を重ねれば肉体的に衰えるのが当然であり、過酷なボクシングの世界ではなおさらである。今回紹介してきたベテランボクサーたちは、その摂理に少しでも抗い、培ってきた知恵と経験でボクシングにしがみつこうとしていた。それは、肉体の衰えだけでは諦められない強い想いを、ボクシングに込めてきたからに他ならない。
そんな「いぶし銀」たちの戦いぶりはとても眩しく、多くの読者の胸で光り続けている。


