■女好きのハゲネズミが天下人へ! 主人公とともに成長する『センゴク』

 仙石権兵衛秀久の熱い生きざまを描いた歴史漫画『センゴク』(宮下秀樹さん)でも、秀吉は極めて個性的な人物として描かれている。

 本作では他の作品で見られるような「猿」のイメージではなく、主君・織田信長に「ハゲネズミ」と呼ばれているのが特徴だ。

 若く熱血漢の仙石は、信長の命令で木下藤吉郎(後の秀吉)直属の配下となる。しかし、本作の秀吉は口が達者なだけの大の女好きで、常に煙管(きせる)がないと落ち着かないといった、何とも頼りない武将として序盤から登場している。明るく献身的な可愛い妻・寧々がいるにもかかわらず、手当たり次第に女性を連れ込む様子は、だらしなさ過ぎるものだった。

 死人が出てもおかしくないほどの激しさを誇る織田家の試し合戦に参戦する際にも、強気な寧々や仙石とは対照的に、秀吉は1人だけ憂鬱な表情を隠せない。しかも対戦相手は織田軍最強の猛将・柴田勝家と決まると、恐怖にびくびく震えながら愛想笑いでごまかそうとしている始末。

 その勝家からは「ヘラヘラと虫唾のはしるネズミじゃ ひねり潰してくれるわ……」と、完全に見下されている。後の天下人とは思えないこの情けない姿こそ、本作の秀吉像の斬新さといえるだろう。

 天才軍師・竹中半兵衛を味方に引き入れるため、その庵を訪れた秀吉。だが、同行した仙石が若さゆえに功を焦り、不躾に試し合戦の助力を願ったため、協力はきっぱりと断られてしまう。

 屋敷に戻り土下座して謝罪する仙石に対し、秀吉は怒るどころか、自分にも半兵衛を利用する下心があったと正直に打ち明け、友人を傷つけてしまったことを後悔していた。

 この秀吉の誠実な人柄に感銘を受けた仙石は、秀吉が片時も離さない愛用の煙管を黙って持ち出し、再び半兵衛の元を訪れる。主君の命ともいえる煙管を預け、自身の首をかける仙石の覚悟が、ついに半兵衛の心を動かすことに成功するのだ。

 秀吉の煙管を吸う半兵衛の表情は何ともいえない美しさで、損得なしで友を思い合う気持ちがひしひしと伝わる。この場面は、胸にグッとくるものがあった。

 物語は主人公・仙石の成長と出世を軸に進むが、それに伴い、主君の秀吉も史実同様に天下人へと駆け上がっていく。

 シリーズ続編の『センゴク 一統記』における本能寺の変後は、織田家を踏み越えようとする冷徹さと主家を裏切る葛藤が描かれる。清須会議の場面では、明智光秀を倒した一番の軍功があるにもかかわらず、なおも柴田に怯える人間らしい一面も描かれており印象深い。

 多くの作品で当初から有能な武将として描かれる秀吉像とは異なり、本作では冷や汗を大量にかきながら四苦八苦する姿が描かれているのが特徴的だ。その臆病者が苦悩しながらも成長していく……その人間味溢れる描写が本作の大きな魅力といえるだろう。

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