■後継者育成ではない? AFOの「次の僕」の言葉の真意

 オールマイトは出久を後継者として導いてきた。その対となる師弟関係として描かれたのが、オール・フォー・ワン(AFO)と死柄木弔だ。死柄木に「先生」と呼ばせ、AFO自身も「次の僕になるため」と語る姿は、自身の後継者を育てているかのように見えた。

 実際、AFOは死柄木を成長させるべく、各地で事件を仕掛け、彼を“最強のヴィラン”へと鍛え上げてきた。雄英高校が未来のヒーローを育てる学校だとすれば、敵<ヴィラン>連合は死柄木のための“学校”であった。当時は、多くの視聴者がこの後継者育成説を信じて疑わなかったはずだ。

 しかしその見方は、アニメ第6期第4話(第117話)「継承」にて、大きく覆されることとなる。決戦の最中、死柄木が“魔王”として覚醒したかに見えた瞬間、AFOは死柄木の精神の内側から乗っ取り始めるのだ。その後、ヒーローたちとの戦闘で死柄木が大ダメージを負うと、AFOはその隙を突き、主導権をさらに強めていった。

 AFOが求めていたのは「理想の後継者」ではなく、自らが次に乗り換えるための“器”だった。象徴的に繰り返されてきた「次の僕」という言葉は、文字どおり“次の自分”を指していたことがここで明らかになるのである。

 物語終盤では、死柄木の内面世界でAFOと死柄木の激しい攻防が続く。AFOが死柄木の体を完全に奪うのか、それとも死柄木自身の意志がそれを拒むのか。このせめぎ合いこそが、最終決戦の行方を左右する最大の鍵となった。

■2つの名場面で使われた「僕のヒーローアカデミア」

 最後に取り上げたいのが、作品そのものを象徴する『僕のヒーローアカデミア』というタイトルの伏線回収だ。この言葉は物語中で2度、極めて印象的なかたちで使用されている。

 1つ目は、アニメ第1期第4話「スタートライン」。雄英高校の入試合格発表で、オールマイトが出久に向かって告げた「来いよ緑谷少年! 雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!」という力強い一言だ。

 この時点でのタイトルは、「“無個性”だった少年がヒーローを目指す学び舎」として提示される。

 そして2度目は、第6期第24話(第137話)「未成年の主張」で描かれた。

 仲間を危険に晒したくない一心で雄英を去り、孤独に戦い続けた出久。A組の仲間に説得されて雄英に戻ってくるものの、校門前には彼の受け入れを拒む市民たちが立ちはだかる。緊張が張り詰める中、屋上から声を上げたのが麗日お茶子であった。

 「緑谷出久は特別な人間なんかじゃない。『特別な力』を託されただけの普通の高校生なんです」。そして続く「ここを彼のヒーローアカデミアでいさせてください!」という訴えが市民の心を動かし、タイトルの持つ意味を新たに照らし出す。

 この瞬間に示された「ヒーローアカデミア」とは、ヒーローを目指す“出発点”ではなく、仲間に支えられ、再び戻ってこられる“帰る場所”であった。物語の最終盤で、タイトルはあらためて強い意味を帯びることとなった。

 

 物語が完結した今、『僕のヒーローアカデミア』がいかに緻密に組み上げられていたのか、伏線回収という観点から浮かび上がってくる。

 幕が下りても、読み返すたびに新しい気づきがあるのは、長い時間をかけて張られてきた伏線が、ヒーローたちの青春物語に豊かな奥行きを与えているからに違いない。

 だからこそ、これからも『ヒロアカ』は、見返すたびに胸を熱くしてくれる不朽の名作であり続けるだろう。

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