どんなに強い主人公であろうと、負けるときは負けるものだ。特に名作と呼ばれるスポーツ漫画ではとくにその傾向が顕著であり、敗北を糧に這い上がり、最後は勝利をおさめるという展開は数多い。言い方を変えれば、敗北は勝利のためのステップであり、悲観すべき出来事ではないともいえるだろう。
だが、“勝利のためのステップ”などという言葉では片づけられないほど、後味の悪い負け試合も存在する。主人公が不運なケガに見舞われたり、対戦相手が汚い反則行為をしてきたりと、「いくらなんでもそれはないだろう」と思わず訴えたくなるような理不尽な負けを描いた名作もあるのだ。
そこで今回は、名作スポーツ漫画で描かれた「後味が悪すぎた負け試合」を紹介しよう。
※本記事には各作品の内容を含みます
■約束を「踏みにじる」反則『はじめの一歩』宮田・間柴戦
まずは、ボクシング漫画の金字塔『はじめの一歩』(森川ジョージ氏)から、宮田一郎と間柴了による東日本新人王決定戦準決勝だ。
この試合は、宮田が勝利すれば主人公・幕之内一歩との決勝戦に駒を進めることができ、かつて2人で交わした“プロのリングで決着をつける”という約束を果たせる。宮田にとっても一歩にとっても、とても大事な一戦だった。
だが、その重要な試合は、間柴の勝利への執念によって予想外の展開を迎える。
序盤、宮田は持ち前のスピードとカウンターで間柴を圧倒し、完全に試合を支配していた。もはや倒されるのは時間の問題か……と思われた矢先、追い詰められた間柴は激昂し、宮田の足をわざと踏みつけた。もちろん、これは悪質な反則行為だが、完全なヒールであったこの頃の間柴には関係ない。レフェリーもこの反則に気づかず、形勢は一気に逆転した。
一方、宮田は踏まれた左足を完全に痛めており、自慢のフットワークが使えない絶望的な状況に追い込まれる。それでも「アイツが待ってるんだ」と、一歩との約束を果たしたい一心で勇敢に戦うも、最後はカウンターに失敗してリングに沈んだ。
もし反則さえなければ宮田が勝ち、決勝戦は一歩とのライバル対決だったかもしれない。読者にとってもなんとも悔しい結末であった。
“プロのリングで決着をつけよう”——反則によって文字通り踏みにじられた2人の約束は、連載開始から30年以上経った今もいまだ果たされていない。
■足のケガに耐えて延長12回を戦うも…『MAJOR』聖秀VS海堂
次は、主人公・茂野吾郎の波乱万丈な野球人生を描いた『MAJOR』(満田拓也氏)から、聖秀学院高校VS海堂学園高校の試合を見てみよう。
「打倒・海堂」を掲げて自ら名門・海堂を退学した吾郎は、野球部すらなかった聖秀でゼロから野球部を創りあげる。だが、その行動を裏切りと捉えた海堂野球部の部長・江頭哲文の策謀により、練習試合中、事故を装ったラフプレーを受けて右足をケガしてしまうのだ。
靭帯の縫合手術をするほどの大ケガだったが、それでも吾郎は諦めない。そして夏の大会が始まると痛み止めを打ちながら出場を続け、ついに念願の海堂戦にこぎ着けた。
「高校球児・茂野吾郎」の集大成ともいえるこの試合は、熾烈を極めた。点を取られては取り返すシーソーゲームが続き、ついに終盤、吾郎は明らかに調子を崩し始める。右足のケガを押して投げ続けた代償だった。
延長戦を前に、審判団から棄権を勧められるほど吾郎は消耗していた。だが、“俺のわがままに付き合ってくれたチームメイトへの責任をとりたい”と、続投を志願。あの吾郎が、“サヨナラ負けの可能性しか残されていないとしても”と弱音を吐き、それでも戦いを諦めない決意が熱くも哀しかった。
そして迎えた延長12回裏。中学時代からの因縁の相手・眉村健を三振にとった後、吾郎は力尽きマウンドで倒れてしまう。そして、聖秀の敗北で死闘は決着した。
この試合は『MAJOR』屈指の名試合だが、同時に「もし吾郎が万全だったら」と、どうしても考えてしまう。すべての元凶であった江頭の悪事が暴かれ、処罰されたのが、せめてもの救いであった。


