■特訓も地獄その後も地獄『タイガーマスク』虎の穴

 自分と同じ孤児たちを救うため、主人公の伊達直人が覆面レスラー・タイガーマスクとして戦うプロレス漫画『タイガーマスク』(講談社)。悪役レスラーとして反則技を得意としながらも、子どもたちのヒーローでありたいと苦悩し、強敵と戦う彼の雄姿が胸を打つ、梶原作品の中でも不朽の名作だ。

 タイガーマスクが反則技に長けている理由は、彼が育った悪役レスラー養成機関「虎の穴」にある。世界中から孤児を集め、非情な悪役レスラーに育てるこの施設では、血も涙もない特訓を強いられる。

 たとえば、コールタールと重油が満たされたプールでの力泳、本物のライオンと素手で組み手……と、まさに梶原節全開の地獄のメニューがずらり。強くなる以前に命が心配になるが、事実、訓練生の3分の2が5年半の間に死んでしまうらしい。それはそうだろう……。

 だが、虎の穴のスパルタっぷりは特訓のあとこそが本番である。虎の穴から巣立ったレスラーはファイトマネーの50%を虎の穴に献上しなければならず、ルールを破れば“裏切り者”とみなされ、同じ虎の穴出身のレスラーにリングの上で制裁されてしまうのだ。ファイトマネーのすべてを孤児院に寄付するタイガーマスクも例外ではなく、作中では実にさまざまな虎の穴レスラーとの戦いを強いられた。

 命がけの特訓を生き延びたあとも稼ぎの半分を搾取され続けるなんて、現代で言えば「ブラック企業」どころか、それよりはるかにひどい扱いだろう。こんな施設で鍛えられたのに子どもたちに誇れるレスラーになろうとした直人は、まさにヒーローと呼ぶにふさわしい強靱な精神の持ち主である。

 

 梶原作品で描かれる常軌を逸したスパルタ特訓には、ある種の神がかり的な「説得力」がある。まともに考えればありえないのに、読んでいるとその迫力に呑み込まれ、ついには過酷な試練を耐え抜いた主人公に夢中になってしまうのだ。

 突拍子もない理論や設定を熱のある描写で納得させる梶原流猛特訓。その真骨頂は、令和の世でも決して色あせることはないだろう。

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