高畑勲氏は1960年代から半世紀にわたり、日本のアニメーション制作に多大な貢献をしてきたクリエイターである。
1959年、高畑氏は東映動画(現:東映アニメーション)に入社し、劇場長編アニメ『太陽の王子 ホルスの大冒険』で初監督を務めた。同作は宮崎駿氏が本格的にアニメ制作に携わった初作品としても知られている。
そして1985年に設立されたアニメ制作会社「スタジオジブリ」に参加。監督として、野坂昭如氏の短編小説を原作とする長編アニメ映画『火垂るの墓』(1988年)で戦争の悲劇を描き、国内外から絶賛された。
『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)では手描きのようなデジタル彩色技術を使い、8年の歳月と50億円超の制作費を投じた『かぐや姫の物語』(2013年)では、『竹取物語』の斬新な解釈で観客を驚かせている。
そんな劇場アニメ監督として名高い高畑勲氏だが、監督・脚本を務めた『じゃりン子チエ』(1981年)など、昭和のテレビアニメにおいても多大な貢献をしてきた人物である。そこで今回は高畑勲氏が「演出」として参加した、昭和のテレビアニメの印象的なエピソードを振り返りたい。
※本記事には各作品の内容を含みます。
■原作漫画よりもさらに厳しく社会風刺!?
水木しげる氏の人気漫画を原作とするテレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』は、墓場から生まれた幽霊族の少年・鬼太郎が、妖怪や人間と織りなす物語。モノクロ放映の第1期シリーズ(1968年)から第6期シリーズ(2018年)に至るまで、何度もテレビアニメ化されている国民的作品である。
その中でも、子ども向けらしからぬ恐怖描写や社会風刺などを含むエピソードが存在することで知られるのが第2期シリーズ(1971年)。その第5話「あしまがり」の演出を高畑氏が担当していた。
この回では、山中にいつの間にか便利な道路が開通しており、ねこ娘とねずみ男は人間の開発スピードに驚く。自然の花畑を期待していたねこ娘は、高級ホテルの開発によって花畑が壊されたことにがっかりするが、しおれた一輪の花を見つけるとホテルの植木鉢に植え替えた。
その日を境に、ホテルの宿泊客が突然暴れ出す事件が発生。妖怪の仕業だと踏んだねずみ男は、ホテルから謝礼を得るために妖怪退治の専門家として鬼太郎を呼び出すと、鬼太郎は植木鉢の「妖怪花」が騒動の原因だと突きとめる。
鬼太郎は妖怪花の精からも事情を聞くと、人間のホテル建設によって住処を奪われ、全滅の危機を迎えていると苦境を訴えたのである。
事情を知った鬼太郎は、「強い者だけがたらふく食べて、弱い者が全滅するなんて、そんなの僕、嫌いです」と言い放つ。妖怪花の味方をすることに決めた鬼太郎は、「このホテルを爆破する」と宣言した。
そのことを知ったねずみ男は、人間から謝礼をせしめるために鬼太郎に対抗。妖怪「あしまがり」に依頼し、鬼太郎を拘束するが失敗に終わる。挙げ句、その戦いの余波で高級ホテルは吹き飛び、跡形もなくなってしまう。
こうして更地になった場所に妖怪花を植えた鬼太郎は、妖怪が出ると知れば欲張りな人間もしばらく寄りつかないからと伝え、花の精を安心させる。再びこの場所を美しい花畑にするよう優しく語りかけるシーンは、鬼太郎の言葉を借りて「弱き者を慈しむ心」を伝えているかのようだった。
長い年月をかけて育んだ美しい自然をあっという間に壊した人間たち。それと同様に、人間の作った豪華建造物を妖怪が強大な力で一夜にして破壊するという、実に皮肉が効いている回でもある。
基本的に水木氏の原作漫画を忠実に再現していたが、原作では鬼太郎が壊したホテルの代金を支配人に弁償するシーンがあった。一方、アニメでは弁償の話はなく終わっており、最初の加害者である人間側にバチが当たったままだった。
こうした社会風刺的なオチの改変が高畑氏によるものかは定かではないが、どことなくのちの『平成狸合戦ぽんぽこ』を思わせる展開だったのが印象的である。


